(前編)オンラインシンポジウム「よいケア、よい生活の場とは〜ユマニチュード認証制度の検討から」開催レポート

ユマニチュード認証制度のスタートにあたり開催いたしましたオンラインシンポジウム「よいケア、よい生活の場とは〜ユマニチュード認証制度の検討から」の模様をご紹介します。制度の策定に尽力いただいた施設認証準備委員会の委員の皆様に、よいケアとは何か、そして認証制度により広がるケアの未来について語っていただきました。

登壇者(五十音順)

佐々木 恭子委員

株式会社フジテレビジョン
編成制作局アナウンス室 部長職部長

早出 徳一委員

社会福祉法人 平成会 常務理事

山口 晴保委員

認知症介護研究・研修東京センター センター長
群馬大学 名誉教授

本田 美和子代表理事

独立行政法人国立病院機構 東京医療センター
総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長

本田美和子・代表理事 今日は私どもが現在取り組んでおりますユマニチュードの認証制度についてご紹介する機会を頂き嬉しく思っています。まず、ユマニチュードと認証制度について簡単にご説明します。ユマニチュードと申しますのはフランスのふたりの体育学の先生方が、ケアや医療の現場で私たちが知っておくと良い考え方とその考え方を実現するための技術を、試行錯誤を重ねて生み出したケアの技法です。

一言で申しますと「あなたのことを大切に思っています」という気持ちを相手が理解できるように表現して届けるコミュニケーションの技法なのですが、認知症の行動心理症状が明確に軽減したり、ケアの現場で働いている方々の満足度が増えたり、施設にとっては働いている方々の離職率が減るなど様々な具体的な効果が生まれるということが分かってきています。

日本では10年ほど前からさまざまな取り組みを進めていますが、個人でユマニチュードを学んだ専門家の方々がご自分の職場でユマニチュードのケアを継続していくためには、施設全体で取り組むシステムが不可欠だということが分かり、3年前から当学会でその検討を重ねて参りました。

実はフランスでは認証制度が10年ほど前に誕生していまして、現在、26の施設が認証を取得し、400を超す施設が取得に取り組んでいます。日本の場合は、一度にフランスの認証レベルに到達することは困難なので、一歩ずつ認証に取り組めるように、金メダル、銀メダル、銅メダルと認証を3種類に分け、今年はその第一段階の銅メダルの認証制度を行うことにしました。

本日は、この制度の検討をしていただきました施設認証準備委員会の3名の委員の方々と、私たちが必要としている「よいケア」というのはどういうことだろうということをお話しする時間にできたらと思っています。まずはお三方をご紹介させていただきます。

佐々木恭子委員は、私が前職でHIV感染症の仕事をしていたときに、取材で病院にいらっしゃったのが始まりで10年以上のお付き合いです。制度を作るにあたって一般の方の声を代表してお話を聞かせていただけたらと思って委員をお願いいたしました。

佐々木恭子委員 ご紹介にあずかりました佐々木です。アナウンサーという仕事をして28年目になりますが、誰もが少しでもよりよく生きるために何が必要かということを、僭越ではありますがずっと考えて仕事をしてきています。ケアという現場から一番遠い立場で、自分が受けるならどういったケアが理想なのか、自分の親を託すならどういう場であって欲しいのか、という気持ちで委員会に関わらせていただきました。どうぞよろしくお願い致します。

本田 ありがとうございます。次は早出徳一委員です。長野県の社会福祉法人平成会の常務理事でいらっしゃいます。私が日本でユマニチュードをご紹介し始めて以来、全国様々な所からお招きをいただいてお話に伺っておりますが、その中の一つが平成会でした。

平成会の皆様は、日本で先陣を切って施設全体でユマニチュードのトレーニングを取り入れてくださり、認証にも取り組もうとおっしゃってくださっていまして、私にとっては日本のユマニチュードのロールモデルです。

早出徳一委員 身に余るご紹介をいただきました、早出と申します。本田先生との出会いは6〜7年くらい前だったかと思います。ユマニチュードが介護を変える、地域を変えるというようなテレビ番組がありまして、それを視聴させて頂いた時に「介護現場で必要としていることはこれだ」と感じ、講演をお願いしました。

介護の現場というのは様々な課題が山積していまして、試行錯誤の日々ですが、ユマニチュードの認証制度に施設全体が取り組んでいくことで、もしかしたら日本の介護の未来も変わっていくのではないかという期待を持っています。今日はよろしくお願いいたします。

本田 ありがとうございます。そして、山口晴保委員です。山口先生は認知症介護研究・研修東京センターのセンター長で、群馬大学の名誉教授でもいらっしゃいます。私は山口先生のことを勝手に師匠だと思っているのですが、認知症分野の研究における第一人者でいらっしゃいます。日本で認知症を持ってお過ごしになっていらっしゃる方々をどのように支えていくかというシステムを、国の制度も十分にお使いになりながら作ってくださっています。

山口晴保委員 私は「パーソン・センタード・ケア」(※認知症ケアの理念の一つ)を広めることをメインの仕事としているんですが、ユマニチュードはどこが違うかと言うと、さらに一歩踏み込んで、本人が「私は大切にケアされている」と感じている状態を目指しています。ただ単に(ケアを必要とする)その人を中心にして考えるだけではなく、その人と周りの人が共にウェルビーイングであるようなケアです。

ただ単に(ケアを)提供する側が「優しくしている」と思い込んでいるだけではなくて。本人が大切にされていると分かっている。そういうコミュニケーションスキル技法がユマニチュードにはあるということがとても素晴らしいと思い、陰ながら応援しています。

本田 ありがとうございます。ユマニチュードの活動をしている方の中には、パーソン・センタード・ケアの資格を持っている方や回想法(※認知症の心理療法の一つ)の資格を持っている方も多くいらっしゃいます。それぞれの特徴をいかした高齢者とのコミュニケーションやケアについて学び合っています。

「5原則」と「生活労働憲章」でよいケアを実現

本田 それでは、まず認証制度というものがどんな枠組みかというものを説明させていただきたいと思います。

ユマニチュード認証制度といいますのは、(ケアを必要とする)ご本人やご家族、そして施設等で働いている方々、運営者すべての幸せを目指して、「ユマニチュード5原則」と「生活労働憲章」の実現のために質のよいケアを実践している組織を支援するものです。

ユマニチュード5原則とは、「よいケア・よい生活の場」の実現に必要な要素を形にしたもので、これはフランスと全く同じです。5原則を実現するための様々な取組項目があり、その取組項目を認証準備委員会の皆様にはご検討いただきました。項目を一つ一つ達成すると、自動的に銅メダル、銀メダル、金メダルに到達できるという仕組みにいたしました。


生活労働憲章というのは、入居者や患者さんとそのご家族、職員、経営者の三者それぞれが対等な存在で、互いを尊重し合う存在であることを確認するものです。互いに尊重し合うことを通じて、人としての尊厳・自由・平等・市民権・自律・自立の実現を目指します。

私たちが考える「自律」と「自立」についてご説明いたします。「自律」は自分で決めることができるということです。例えば、テレビのリモコンのボタンを自分で押せない時には、手助けをしてくれる人にボタンを押してもらい、自分の希望の番組を見る、というように、自分で自分のやりたいことを決める、そしてその実現のために場合によっては誰かの手伝いを受けることもある、というのが「自律」です。「自立」はもっとシンプルで、自分ができることを自分の力で実現するということです。

このユマニチュードの哲学的な考えについて、佐々木さん、よろしければお考えをお話し頂けたらと思います。

佐々木さん はい、事前の打ち合わせでそういう話をしていたんですけれども、人が自律・自立しながらどう生きるか、それをどうサポートするかということがユマニチュードの根底にあるのですが、そこを実践するための技法というのが凄く充実しています。技術をまず習って実践していく中で、だんだんと自分がやっていることの奥底にあるビジョン、「こういう哲学や理想のためにやっているんだ」と言うことが腑に落ちるということではないかと思います。

以前、取材をした時に、ユマニチュードのインストラクターの方が、認知機能が落ちた人の視界にどうやって入るかということを実際にみせて下さって、私はそのケアを受けてすごく嬉しかったんです。心が反応してしまうと言うか、ノックをして、私の名前を呼んで、笑顔で視界に入ってきてくれて、ほんの短い時間の中にもたくさんの技術が散りばめられていて、その結果、「あなたに会えて嬉しいです」と言うことが受け手にメッセージとして伝わるんですよね。

私の仕事もそうですが、自分が伝えたつもりでも、相手に伝わっていなければそれは情報はゼロということだと思います。コミュニケーションの方法を習うことはあまりないのですけれど、そういう技術の積み重ねの奥に心が伝わるということがあるとすれば、そういうことが溢れる日本であってほしいなと思います。ちょっと話が大きいですけれど。

ユマニチュード認証が施設の「文化」を作る

本田 嬉しいお話しをありがとうございました。ユマニチュードの研修の特徴は、現場で実際にケアを実践しながらインストラクターに直接学ぶことにあります。早出さんは研修を受けた方々を統括するお立場でいらっしゃいますが、ユマニチュードの哲学はどうすれば身につけていくことができるか、ご経験談やご意見を伺えますか。

早出さん 私どもの事業所で進めているユマニチュードの4日間研修の内容は主に哲学と演習の二つです。哲学ではユマニチュードの「4つの柱」について、インストラクターの先生が非常に丁寧に教えてくれます。

例えば4つの柱の「見る」は、介護をしていれば、利用者様と相対するごとに「見る」という場面は発生するわけです。利用者様を尊重するという意味で、下から目線、もしくは対等な目線で話しましょうというのが介護の一般的な話だと思うのですが、ユマニチュードの研修では介護の現場での「見る」ということの大切さについて、なぜ「見る」という形が必要なのか深く掘り下げて学びます。

我々介護職の立場では、「哲学」というと堅苦しく、とても難しい印象を持ってしまうのですが、ユマニチュードの考え方を深く学び、頭の中にインプットした状態で、さらに演習で、実際の現場で実践する形になるので、職員の共感も深く、非常に大きな変化があります。研修を受けた全員が「ユマニチュードは素晴らしい」「私の目指していた介護はこれなんです」と口を揃えて言うわけです。

4日目の研修の最後に振り返りの時間があり、研修の感想や今後どんなことに取り組みたいかを全員が発表するのですが、職員の皆さんの考え方が前向きに変わったなという印象を受けています。例えば2週間前に行った研修の振り返りの中では、ある職員が「今まで利用者様に申し訳なかった」というお詫びの言葉を述べたり、「利用者様や入居者様には、自分が立てるということを誇りに思ってもらいたい」「利用者様、入居者様の自分の思いを私たちにもっと伝えて欲しい」というような前向きな言葉がたくさん聞かれ、とても素晴らしいと思いました。こうした職員の方々が現場に戻って実践していく中で、そうした思いが施設全体に伝わって行くのかなと思っています。

佐々木さん 一つ思い出したのですけれど、認証制度の議論をしている中で、ユマニチュードは直接ケアをする人だけでなく、施設に関わる職員の方全員がユマニチュードを理解してこそ成り立つ、そのためにある研修だというお話を伺いました。哲学とはイコール文化だと思うのですが、その施設自体がユマニチュードという文化を具現化する存在そのものになるんだなと思ったんです。

どんな職種でも、目の前のこの仕事は何のために行うのか分からなくなってしまうことがありますが、「自分はこういう大きな志のためにやっているんだ」ということは働く人の心の支えにもなりますので、早出さんのお話を聞いて、ユマニチュードによって職員の皆さんが自信を持てる、自分のやっている仕事が楽しくなる、ケアをする人たちの幸せに繋がるのは素敵だなと思いました。

本田 私は何回かフランスの認証を受けた施設に伺ったことがあるのですが、例えばお掃除をする方やお料理を作っている方も、施設の皆にユマニチュードの考え方が身についてることに感銘を受けました。ユマニチュードを組織の全員が学んで、全員で取り組んでいくことで組織が変わっていくということを改めて認識しました。

ユマニチュードのトレーニングは、教える人と職員の方がベッドサイドに一緒に行って、そこで困っていることを解決するということが特徴の一つとなっています。習った技術をこういう形で、こういう考え方でやればいいんだ、と統合して学べるのがユマニチュードの非常に独創的なところで、これはユマニチュードが誕生した40年前からずっと同じなんです。

今、私の勤務する(国立病院機構)東京医療センターの医師たちもユマニチュードのトレーニングを受けているのですが、例えば、「立てない」と思っていた患者さんがユマニチュードの哲学と技術をもとに立てるようになり、(院内の)富士山が見える場所まで歩いていく姿を見て、担当医が「こんなことができるんだ」と涙することもありました。

患者さんを診察し処置や処方を指示することが医師の仕事になっている中で、患者さんの変化を目の当たりにして「自分の仕事のゴールはここにあるんだ」という、医師の意識改革にも効果があって面白いなと思っています。患者さんがより生活が楽しめる退院先を選ぶようになった医師もいて、非常に嬉しいなと思っています。山口先生、これまでのお話を踏まえて、ぜひご意見をお伺いできればと思います。いかがでしょうか。

山口さん 重力の話をしたいなと思います。重力というのは目に見えないんですけれど、リンゴが落ちるから重力があると分かります。人間が「立つ」というのは、この重力に対してものすごい力仕事をしているんです。すごい筋力を使っているだけではなく、バランス機能がとても大切で、「立つ」こと「立っていられる」ことというのは、実はものすごいことなんです。

普通の人は普通にできてしまうので当たり前だと思っているんですが、その当たり前がすごく大切だということを「4つの柱」の中に入れているというのが私はすごいと思います。(考案者のジネストさんが)体育学の専門家だからこそだと思いますけれど、私は実はリハビリテーションの専門医で、やはり体は使わないとどんどん廃用が起こっていくんですね。

例えば、1週間寝たきりでいるのは、ある意味では1週間宇宙船に乗って無重力状態でいるのと一緒で、地球に戻ってきたらその人は立てなくなるんです。地球には重力があるから血液はみんな足の方に行って、脳貧血を起こしてしまうんです。だから1日に1回でも、例え5分でも「立つ」ということは、(抗重力筋の維持だけでなく)体の自律神経系を維持するために絶対に必要なことで、そういうことをケアの中に取り入れているということが私は非常に素晴らしいことだと思っています。

そして、ユマニチュードでは、立たせるときに下肢の筋伸張反射を上手く使っているのですが、こうした身体が本来持っている生理的なメカニズムを活用して色々なテクニックを編み出しているんですね。パーソン・センタード・ケアは、DCM(認知症ケアマッピング)という評価方法はあるんですが、理念だけで技法はありません。それに対してユマニチュードは色々なケア技法がきちっと揃っていて、ただ単に理念から入るのではなく、実際の動作から入っている。そこが良いところで、学ぶと奥が深いなあと思っています。

スキルを「見える化」できるダッシュボード

本田 ありがとうございます。では、認証制度がこんな風になったらいいな、ということがありましたら教えていただけたらと思うのですが、山口先生、続けていかがでしょうか。

山口さん 上手くいけばいいなと思っています。ただ認証制度と言うと、どうしても徒弟制度や家元制度のイメージがあって「そこに弟子入りしないといけないのか」みたいな、逆に入門のハードルを上げてしまうというリスクも懸念されます。当然、金銭面でのハードルはありますが、それ以上のメリットがあるんだということをきちんとお知らせをしていくことが、とても大切だろうと思います。

私が、ユマニチュード認証制度の中で特に優れていると思っているのはオンラインダッシュボードの機能です。ただ単にお金を払って研修を受ける、審査を受けてメダルを取るというだけでなく、自分たちが勉強していく過程が見える化できます。良い研修を受けて、自分たちの到達度、フロアであればフロア全スタッフの到達度をチェックしながら、着実にスキルアップしていくという過程がオンラインダッシュボードで見える化できるというメリットがあるというのが優れていると思っています。

本田 オンラインダッシュボードと言いますのは、ユマニチュードの認証を得るにあたっての評価項目の達成具合に関する進捗を可視化できる仕組みです。

評価項目は最初にお知らせした5原則に沿って、ブロンズ、シルバー、ゴールドのカテゴリーごとの達成度が視覚化されています。項目の達成が進むとグラフでも明らかにわかる仕組みです。

山口先生がお免状制度のようにならないようにとお話しくださいました。その通りだと思います。一方で、このような制度を作り、オンラインツールなどを用いた運営をするためには、必要な対価についてのご負担をお願いしなければ継続できません。認証にかかる費用の内訳については、学会のウェブサイトにもございますの見ていただけたらと思います。

この認証制度は、ユマニチュードの研修を必ずしも受けずともトライすることが可能なシステムです。例えて言えば、自動車の免許を取るときに自動車学校には通わずに、いきなり免許センターに試験を受けに行くこともできます。それと同様にユマニチュードの認証制度も研修を受けなくても認証制度に取り組むことは可能です。しかし、学ばなければ身につけることが難しいことも事実です。ケアの哲学と確実な技術、そしてそれを実践する場をチームで創り出すことで初めて、私たちがめざす「よいケアが実現する生活の場」が生まれるのだと思います。

後半に続く

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