代表理事挨拶


ご挨拶


本田美和子代表理事

日本ユマニチュード学会は、「ケアをする人とは何か」「人とは何か」と考える哲学と、マルチモーダル・コミュニケーション技術の2つの柱で構成されるケア技法「ユマニチュード」を実践、研究、応援する方々が集う場として2019年7月に誕生しました。

ユマニチュードでは、誰かが相手の健康のために考え、行うこと全てを「ケア」と定義しています。さらに、「ケアをする人」とは、ケアを受ける人が『自分のことは自分で決める「自律」と、できることは自分で行う「自立」を実現できる』よう、援助をする人であると定義しています。

職業としてケアを行う人も、家族としてケアを行う人も、時に孤独を感じたり、辛さを誰とも分かち合えなかったりすることがあります。ケアを行っている方々が、まるで雨が降っているのに、傘がないような気分になる、そのような時に雨宿りできる場所として機能することを目指しています。

日本ユマニチュード学会には、ユマニチュードに興味を寄せてくださる方すべてがご参加になれます。ご家族を介護している方、学生、ケアの専門職、ユマニチュードの研修を受け、実践を重ねた専門職などご自分の状況に合わせて会員種別を選んでいただけます。それぞれの会員の方々にお役にたてていただけるよう、さまざまなプログラムを準備しています。

また、私たちはケアを科学的に評価することをとても重要だと考えています。「優しいケアとは何か」をユマニチュードを通じて検証する学際的な取り組みが始まりました。この取り組みは、日本科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(CREST)に採択され、京都大学・九州大学・静岡大学・奈良先端技術大学院大学・東京医療センターの専門家が、ケアの科学的な分析と教育手法について、人工知能やロボットを用いた研究を進め、すでに大きな成果をあげています。

冒頭に述べました通り、ユマニチュードは自分のことは自分で決める「自律」を最も重要な価値と考えます。自分で決めたことが身体的に行えなくなったときに、本人の決定したことを実現するための援助を行うのがケアの専門職の仕事です。本人ができることはすべて本人に行ってもらう「自立」は「本人ができることを奪わない」ことを原則とします。ケアの場(病院・施設・家庭・地域)においてこの「自律」と「自立」を実現することをユマニチュードは目指しています。フランスでは700を超える病院や施設がユマニチュードを導入していますが、自分たちの施設の客観評価を求める動きが生まれ、ユマニチュード施設認証制度が始まりました。この制度はユマニチュードが掲げる5つの原則が実現されているかどうかの観点から、約300項目の評価項目について自己評価と第三者評価の2段階で検討し、達成できていると判断されるとユマニチュード認証施設として認定されます。現在、フランスでは25施設がユマニチュード認証施設として認定されており、80以上の施設がその準備を進めています。

日本でもフランスの制度をグローバル・スタンダードとした施設認証制度の取り組みが始まりました。2021年度から日本財団の助成を受け、「日本版・ユマニチュード認証制度」の制定準備が始まりました。日本の公的制度との整合性をとりながら、「すべてのひとの自律と自立が実現する社会」の実現を目指していきます。

ケアを行う人、ケアを受ける人、すべての方々の「雨宿りの木」となれるよう、日本ユマニチュード学会はあゆみを進めて行きたいと考えています。ご興味を寄せてくださる方はどなたでもご参加になれます。どうぞいつでもいらしてください。

2021年4月1日

日本ユマニチュード学会代表理事
国立病院機構東京医療センター総合内科医長
本田美和子


臨床的意義

臨床の現場で直面するケアの拒否やせん妄など、高齢者の医療の課題がユマニチュードを用いたケアで解決する様子を見ると、ときに「魔法のようだ」と称されることがあります。しかし、ユマニチュードは魔法ではなく、「具体的な技術に基づいた、誰でも学んで実践することができるケアの方法」です。「高齢者ケア」「認知症ケア」の手法として紹介されることも多いですが、その対象は高齢者・認知症に限らず、小児から高齢者まで全ての年代層です。また、その実践の場は超急性期のICUや救命センターから急性期病院、長期療養型病院、外来診療、施設、家庭、地域など、専門職がケアを提供する場であればあまねく利用できます。

ユマニチュードは「あなたは大切な存在です」というメッセージを相手が理解できる形で伝えるケア・コミュニケーション技法です。「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つの柱を同時に複数の柱を組み合わせることによって行うコミュニケーションは、情報学的にはマルチ・モーダル・コミュニケーションと記述されます。

従来、初学者にとって、ケアの達人が行うケアを見て学ぶことは困難でした。なぜなら、ケアは達人本人も自分がなぜうまく行えるのかを言語化して説明することが難しい、多数の暗黙知の集合体であるからです。ユマニチュードは、言語化が難しいこの分野を4つの柱の観点から分析することで、初心者でも実践できるケアの要素学習の標準化を実現しました。このケアの要素は情報学的に分類・分析することができ、客観的な評価と指導が可能になります。2017年から行われている、日本科学技術振興機構CRESTの研究チームはケアの映像を人工知能を用いて分析する技術を開発し、すでに臨床利用が始まっています。さらに、ユマニチュードの技術をロボットに搭載する研究も進んでいます。

ユマニチュードに関する臨床研究も始まっています。介護士・看護師を対象とした教育介入によって認知症高齢者の行動心理症状の減少や職員のバーンアウトの軽減が認められたことが報告された(宗形初枝 日本認知症ケア学会 2015)ほか、ICUの看護師がユマニチュードを学ぶことによって、ICUに入院した患者のせん妄が1/5に、身体抑制を約半分に減少した(Sugimoto et al. American Delirium Society. 2018)、歯科医・歯科衛生士がユマニチュードを学ぶことで認知症患者への共感度が上昇し、ケアの拒否が減少し、口腔健康状態が改善した(Kobayashi et al. Alzheimer’s Association International Conference, 2020)、病棟へのユマニチュードの導入で向精神薬の処方量が88%減少した(Lequel. Gerontologie et Societe, 2008)、家族介護者の負担感と介護を受けている認知症高齢者の行動心理症状がともに減少した(Honda et al. European Union geriatric medicine society, 2017)ことなどが報告されています。また、自閉スペクトラム症児の親に対するユマニチュード教育介入研究も京都大学で始まっています。2021年には臨床医を対象としたユマニチュード教育介入研究も計画されています。

病院全体への影響としては、職員のバーンアウトが減少した(宗方初枝 日本認知症ケア学会2015)、バーンアウトが減少し、離職率が低下した(Lequel. Gerontologie et Societe, 2008)ことが報告されており、さらに、ポリファーマシー(多くの薬を服用することで起こる副作用や有害事象などの好ましくない状況のことを指します)の改善や職員採用コスト低減によって、ユマニチュード導入による社会的投資収益率が4.04であることをポルトガルのシンクタンク(Via Hominis)が発表しています。

ユマニチュードに関する学術論文や研究成果はこちらからもご覧いただけます。