福岡市認知症フレンドリーセンターオープン記念イベントレポート

令和5年9月18日(月・祝)13:00~15:30、福岡市の「認知症フレンドリーセンター」の開設にあたり、ユマニチュードと認証制度をテーマに、当学会と福岡市との共同による記念講演を開催いたしました。

(助成:日本財団、開催場所:福岡市 TKP ガーデンシティPREMIUM 天神スカイホール)

ダイジェスト映像

イベントレポート

福岡市では6年前の平成29年に「福岡100プロジェクト」を立ち上げ、人生100年の時代の到来を見据えた様々なプロジェクトを展開していますが、この福岡100の最初のプロジェクトとして採択されたのがユマニチュードです。プロジェクトの発表記者会見にはジネスト先生も出席し、これまで6年間にわたりにさまざまな活動が行われてきました。とりわけ「福岡発ユマニチュード」ともいえるのが地域への取り組みです。地域の公民館や小学校、中学校で合計192回の講座を開催し、延べ9000人が受講しています。また、福岡市消防局では世界初の救急隊のためのユマニチュード・トレーニングも始まっています。さらに今年の9月には福岡市の中心部に福岡市が運営する認知症フレンドリーセンターが開設されました。ここではユマニチュードに関するさまざまな資料を揃え、学ぶ機会を提供します。福岡市では「自分らしく暮らせる自治体」としてユマニチュードを導入し、市民の暮らしをより良く支えるための発展をめざしています。

今回、認知症フレンドリーセンターの開設記念イベントのひとつとして、ユマニチュードの考案者であるイヴ・ジネスト先生とロゼット・マレスコッティ先生を招いた講演が開催されました。「誰もが人生の最期の日まで自由と自律を持ち続ける生活の場をどのように実現させるか」をテーマに、ユマニチュードの歴史と基本的な考え方、そして誰もが自由と自律をもった生活の場としてのひとつのゴール「ユマニチュード認証制度」について、会場に集まった300人あまりの市民に情熱あふれるお話をしてくださいました。

講演会は、ジネスト先生とマレスコッティ先生のお二人が登壇し、交互に語る形式で行われました。まず福岡市の取り組みに対する感謝の言葉から始まりました。「福岡市はケアにおいて日本の代表となる、お手本となる街です。日本中の、そして世界中の街が福岡に続いていくよう願っています。」続いて45年前に体育学の専門家であった二人が病院に招かれ、ケアの分野に足を踏み入れることになった経緯と、そこで遭遇したたくさんの困難な事例、さらにその困難な状況に対してどのように取り組んできたかについて語りました。

講演抄録

メインスピーカー/
ユマニチュード考案者
イヴ・ジネスト先生、ロゼット・マレスコッティ先生

「誰もが人生の最期の日まで自由と自律を持ち続ける生活の場をどのように実現させるか」

「私たちはたくさんの失敗をしました。しかし、失敗からしか私たちは学ぶことができません。本当にたくさんの失敗をし、その結果、たくさんのことを知ることができました。失敗を通して400を超えるケアの技術を見つけ出しました。そして20年ほど経った時に、その経験と知識、技術を基盤とした、ケアの哲学と技術で構成されるユマニチュードを考案しました。」

お二人は2012年に日本に招かれ、日本の病院や施設、家庭でのさまざまなケアが困難な状況に対して、ユマニチュードを用いた解決策を提案し、実践してきました。いくつもの日本での事例が講演の中で映像を交えて紹介されました。

続いて、このような効果を生み出すユマニチュードの基盤である「ユマニチュードの哲学」についての講義が行われました。人間が他の哺乳類と共通する点、他の哺乳類とは異なる人間の特性、さらに哺乳類が誕生した際に親が本能的に行う動物行動学的な行動と、それが仔に与える情報についての話から始まり、人間の場合それが「ユマニチュードの4つの柱」として本能的に行われていること、これは人類の長い歴史を通じて身につけたものであり、この4つの柱は人生を通じて大切な相手には私たちは本能的に無意識に行なっていることが語られました。4つの柱が得られなかった場合に人間はどうなるのか、という例として、ルーマニアの孤児院で発見された「チャウシェスクの子供達」の状況とその子供たちの救済に取り組んだフランスの医師ボリス・シルルニック先生のインタビューが紹介されました。

急速に進展した高齢社会において、人類は脆弱な高齢者に対してどのように対応をしたら良いかの経験がなく、「あなたのことを大切に思っている」ことを伝えるための4つの柱が存在しない状況でケアを受けている人々が世界中に数多く存在します。その方々は、「チャウシェスクの子供達」と同様の状況にあり、そこにユマニチュードを実践する大きな理由が存在します。

ケアが必要な脆弱な状況にある方々に対して「あなたのことを大切に思っています」「わたしが一緒にいるから大丈夫ですよ」と伝え続け、自分のことを自分で決め、自由を担保した生活の場の提供がこれからの社会には求められます。

フランスの典型的な介護施設のケアの様子の映像では、てきぱきと仕事は行われていましたが、4つの柱は存在せず、ケアを受ける人とケアを提供する人との間には、まるで戦争のような状況が繰り広げられていました。これは、フランスに限らず、世界中のケアの現場で起きています。

「ケアで陥りやすい罠とその解決方法」

先ほどのフランスでの介護施設の映像を見て頂きました。皆さん、介護する人、ちょっとひどいなと思われたかもしれません。でもあのような場面は、私たちが働いてきた世界中のどの国でも見ました。私たちは、ご家族の家庭での状況も見ました。その介護をしている方のことを悪く思わないで下さい。私たちもユマニチュードの技法を発見するまでは同じようなことをしていました。私たちのせいで、介護を受ける方が泣いたり叫んだりしていました。どうしてかというと、私たちはどうしたらいいか知らなかったからです。

皆さんにお伝えしたいのは「その解決方法は学べる」ということです。学ぶことができます。もしケアの現場で、あなたが叫んでる人を見たら、看護師さんを殴るような行動を見たら、ずいぶん攻撃的だなと思いませんか? そうではないんです。その方は、むしろ自分に向けられた暴力から自分を防御しようとしているのです。私たちはそれに気がついていないのです。

ケアを実践するとき、そこにはたくさんの罠があります。わたしたちは、相手に間違ったメッセージを伝えてしまいます。先ほどお見せした映像の中で、一生懸命仕事をしている看護師さんが、患者さんの腕を掴んでもちあげていましたね。看護師さんが相手のためにと思って行なっている行動が、ご本人には掴まれることで自分が攻撃されている、と感じさせてしまい、そこから自分の身を守るために防御の行為を行い、さらにそれが看護師さんには患者さんが暴力を振るっている、と思われてしまう。そこで生まれるのは強制的なケアです。

「ユマニチュード認証制度」

私たちはフランスでたくさんの施設で、ユマニチュード教育を行ってきました。でもなかなか進歩を確認する術がありませんでした。このため、ユマニチュードを用いたケアの質を担保する手段として認証制度を作り、少しずつ進歩が確認できるようなシステムを作りました。この認証制度は、満たすべき基準を満たすとAsshumevieという認証団体から認証が与えられることになります。私たちはフランスでの経験によって、この認証制度という制度がユマニチュードを実践してもらうために非常に重要だと実感しました。そして、「良いケア Bien traitance」を実践するのに有効だと感じました。

認証を受けるには5つの基本を満たす必要があります。日本では、Asshumevieに代わり日本ユマニチュード学会が認証を付与するシステムです。

まずは「強制的なケアはゼロにする」。かといってケアを諦めることはしない。例えばアルツハイマーの患者さんのところにいって、体をきれいにしましょうかと提案する。でも注意して下さい。もしその患者さんが嫌だと言ってるのに無理に実施したら、その患者さんはたぶん叫ぶと思います。この原則に沿ってケアする場合には、強制的に実施するのではなく、後にしましょうと言って後でやります。強制ケアではなくて、別の方法を探します。

2つ目の原則は、「1人1人の患者さんが唯一無二であるという存在を大切にし、プライバシーを尊重します」。例えば住居者の部屋に入る時は、必ず許可を得てから入ります。ケアをする側の人には、必ずドアをノックして、そして返事があるのを待ってから入るようにと指導しています。

3つめの原則は「最期の日まで立つ」ということです。全てのテクニックを使って、立位を最期の日まで保持できるようにします。立つこと、少なくとも体を起こすことは、人間にとって生理学的な効果にとどまらず、自己のアイデンティティを感じるためにとても重要な要素です。

4つめの原則は「組織が外に対して開かれている」ということです。つまり、24時間365日、誰でも来たい人は来ていいということです。例えばご家族の方が泊まりたいとおっしゃったら、それができるようにします。

5つめ、最後の原則は「生活の場、したいことができる場」ということです。お見せする映像の中で、フランスでの認証を受けた施設でいかにたくさんのアクティビティがあるかを見て頂きます

ここで、フランスの認証施設の日常の様子を撮影した映像が紹介されました。現在は四肢麻痺で寝たきりになっているスキー選手だった高齢の男性の「滑降するときの頬にあたる冷たい空気をもう一度経験したい」という願いを、スキー場にお連れしてソリに乗って実現する映像などが紹介されました。

フランスのユマニチュード認証施設には平均して90人位の方が入居しています。そのうち、寝たきりの人の割合は1%ぐらい。圧倒的に少ないです。一日に合計20分間立つ時間を作ることによって、例えば、お食事のテーブルまで立って移動するとか、歯磨きの時に立つとか、小さな積み重ねで合計20分を確保することによって、人生の最期の日まで歩く、立つことができる。寝たきりにならない生活を送ることが可能なのです。

ユマニチュードの認証施設では、皆で海水浴に行ったり、遠足に行くこともあります。ずっと山に住んでいた方がいて、海を見たことがなかったそうです。車椅子に乗って遠足に行きビーチに到着したら、彼女は立ち上がって海の中に足を浸し、「私の人生の一番の夢が今日叶った」とおっしゃったそうです。

ユマニチュードに取り組んでいる施設でユマニチュードの教育が始まると、様々な変化が生まれます。その例をひとつご紹介します。郡山市医療介護病院というユマニチュードを先駆的に導入して下さっている長期療養型の病院ですが、病棟で患者さんが眠れないときや、非常に大きな声を上げて興奮状態になったときのために病棟に備えていた薬を全く使う必要がなくなり、病棟にストックする必要がなくなったと、看護部長さんがおっしゃいました。私たちの話を、この蝶の話で終わりたいと思います。

あるところに、大きな森がありました。ある日そこで大きな火事が起きました。森に棲んでいた動物たちがみんな逃げ出し始めました。ライオンもゾウも逃げ出しています。でも、そこに一匹の蝶が火に向かって飛んでいます。逆方向に逃げていたライオンが蝶を見つけて声をかけました。蝶は足に小さな水のしずくを一滴抱えています。

「そんなちょっとの水を持っていったって火なんか消せっこないんだから、やめろ」とライオンは言いました。でも蝶は、「私は私ができることをやるんです」とライオンに応えました。

自分ができることをやる。

ユマニチュードはポジティブな関係を結び続けるものです。ユマニチュードは私はあなたの兄弟、あなたは私の兄弟という考え、友愛の情で結ばれているものです。これは平和の哲学でもあります。私たちに力を貸して下さい。より平和で優しさの溢れた町になるように、ぜひ皆さまのお力を借りることができたらと思います。ありがとうございました。

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