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福祉の現場を支援する弁護士の取り組みを紹介します。

介護のケアにとどまらず、福祉の分野でもユマニチュードの考え方や技術を活かすことはできるのでしょうか。「セルフネグレクト」に取り組む福祉職を支援する弁護士、篠木潔さんの試みを紹介します。(聞き手・松本あかね)

篠木潔さん(福岡県在住)

弁護士法人翼・篠木法律事務所の代表弁護士(福岡県弁護士会所属)として、主に企業法務や医療・福祉関連業務に従事し、福岡県介護保険審査会長、福岡県社会福祉士会理事なども経験。法律事務所内に社会福祉士を雇用して共同で成年後見業務にあたるなど、法律とソーシャルワークの連携を実践しています。

(前編より続く)

独学からのスタート

-改めて篠木さんが、ユマニチュードを知ったきっかけを教えてください。

篠木潔さん 10年くらい前、NHKのテレビ番組でユマニチュードが特集されていたのを見たことが最初のきっかけです。ものすごく驚きました。ケアをあんなに拒んでいた人、歩けなかった人が、イヴ・ジネスト先生の手にかかるとあっという間に改善していくなんて。これって、私たち弁護士が依頼者を支援するときにも、使えるのではないかと興味を持ちました。

—依頼者ともっと繋がる方法はないかという問題意識を当時すでにお持ちだったのでしょうか。

はい。私は今年で弁護士26年目なのですが、私たちの世代の弁護士は、法学部を卒業して、あとは司法試験を勉強しただけなので、え的にコミュニケーションというものを学んだことがないんですよ。しかも、依頼者に対しては、まずは法律の知識を介して話を進めていくので、日常会話と違って内容が難しくならざるを得ないのです。

このため私もよく叱られていました。「先生の話は理屈っぽくてわかりにくい」、「先生は早口だからわからない」(笑)。でもイヴ・ジネスト先生の話をテレビでお聞きして、論理や知識だけでなく、ユマニチュードを使ってあんなふうに変われるんだったら、僕もやってみたいと思ったのがきっかけでした。そして、現場の医療福祉関係の方もコミュニケーションというものを学んではどうかと思った次第です。

—その後はどのようにユマニチュードを学ばれたのですか?

2014年2月に上智大学で開催されたイヴ・ジネスト先生と本田先生の講演会を聴講し、その会場で販売されていたDVDで学びました。当時、福岡では研修は全く開催されていなかったので、本を買って読み込みました。実際に、先ほどお話ししました消費者被害に遭っても支援を拒否される認知症高齢者の事案をはじめ、私が成年後見人になっている認知症高齢者の方々とのコミュニケーションもうまくいくようになりました。

2023年には福岡市主催のユマニチュード家族介護者向け講座を受け、叔母の介護を手伝っていたときに試してみたら、認知症で見当識障害が出ていて私のことを全く忘れてしまっていた叔母が、途中で「あんた、潔くんね」と思い出してくれたという劇的な体験もしました。

—セルフネグレクトの支援に関する相談を受ける以前から、ユマニチュードを独学し、実践するという経験を積まれていたのですね。

はい。あくまでテレビやDVDや本で学んだ範囲でしかなかったのですが、試すとうまくいくので、うれしくなって実践しました。また、私はコロナ禍前には定期的にケアマネージャーを対象に無償の勉強会を開いていたのですが、そこでDVDを見たり、私が本を読んで学んだユマニチュードの情報を伝えたりし、皆で研究しました。一度伝えると、皆さんが感動して、患者や利用者さんのために自分で走り出すのです。なので、医療福祉職は本当に素晴らしい専門職だなあと思いました。


「ケアマネゼミ・チーム篠木」の勉強会風景。約20名の小さな勉強会ですが、介護におけるさまざまな問題や法的課題について皆で勉強し、講演会なども実施しました。

—私たちは、支援に対して拒否が強ければ強いほど、相手側に問題があると思ってしまいがちです。こちら側にも伝え方に問題があるかもしれないと気づくのはなかなか難しい。法律家である篠木さんにとって、ユマニチュードを具体的なスキルとして知ったことが、実践の原動力になったのでしょうか。

そうですね。ご自身の生命や健康や財産を守るために必要不可欠である場合は、つい「病院に行ってください」「これをしないともっとひどくなりますよ」と言いたくなりますが、簡単に言ってはいけないのかもしれません。「正しいことは人を傷つける」ことがありますからね。

こちら側がまずはステップを踏んで、相手が少し心開いて話をしてくれるようになったら、こちらの意図と相手の気持ちがもつれているところを探し出して、ゆっくりほぐしていくことができます。そういう人間関係を築く一つのスキルとして、ユマニチュードは役立つということだと思います。“正しいこと”、すなわち、ご本人に今必要なことは、ユマニチュードのステップを踏んだ後に言うと、うまくいくことが多く、ユマニチュードと出合うことができて本当によかったと思っています。

法律家とユマニチュード

—支援者からすると、法的責任の問題もあったと思いますが、本人の意思の尊重との兼ね合いでも悩んだ部分があったのではないかと思います。医療者の立場では、命に関わる場合は踏み込まなければいけないという考え方もあると聞きました。

そうです。医療者の使命が患者の命や健康を守ることにあるので当然ですよね。ところが一方で法律家である弁護士の中には、判断能力の落ちていない本人が、もういいと言うのなら、そこまでしなくていい、むしろ本人の意思を尊重すべきだという考えの人も多いのです。むしろ意思に反して支援を行うことは自己決定権の侵害、すなわち人権侵害になるのではないかと危惧する意見もあります。

このように、医療者と法律家で感覚が違うと、支援の現場で意見が対立して支援が進まないという事態になりかねません。でも、よく考えてみると、結局のところ、セルフネグレクトのご本人が「いいよ」と支援を受け入れてくれればいいわけです。対立もなく支援も進んでご本人の生命をはじめとする権利を擁護することもでき、これが理想的な解決です。

そこで、その合意に至るために、支援者と相手の橋渡しをしてくれるのがユマニチュードをはじめとする具体的な「スキル」だと思います。スキルさえ身につけておけば、本人の嫌がる気持ちをほぐすことができるわけで、嫌がっているのに支援を強いることがなくなります。そしてご本人の命や健康や財産を守ることもできます。ということは、「スキル」というものが、権利や人権を守る有効かつ大きな手段だと言えると思います。言い換えると、「権利擁護のスキルとしての価値」ということができます。

私たち弁護士は抽象論ではなく、具体的な支援方法をアドバイスできなければ、権利擁護という弁護士本来の役割を果たすことができません。しかし、ユマニチュードはその具体的な方法を私たち法律家にも教えてくれているので、可能性は大きいです。

ユマニチュードは基本的には介護ケアのスキルとして構成されているけれど、その哲学や体系から考えると、介護ケアのスキルを超えて、権利擁護としての役割はもちろん、社会全般にもっと広い役割と機能が期待できるのではないかという点に着目しています。

—本人の人権を考えた場合、健康、命を守ることももちろんだけれど、自己決定の尊重という視点を失わないことも同じように大切で、そのための具体的なスキルを含めたアドバイスが必要とお考えなのですね。

はい、そのとおりです。イヴ・ジネスト先生も、患者さんが拒否することを認められていますね。無理矢理にはしないというのがユマニチュードの思想ですから。

私たち法律家は「拒否する権利」というように、つい「権利」という言葉を使ってしまいますが、先生ならおそらく「拒否することはあたりまえの人間性」とおっしゃるかもしれません。本人を同じ人間として尊重するという立場でいらっしゃると思います。そしてそれをほったらかしにするのではなく、次にどうするかという使命感がユマニチュードを作り上げていったのではないでしょうか。

—自立して最後まで人間らしく生きるという思想ですね。

はい。ユマニチュードの技術『4つの柱』のうち『立つ』は、ケアの側面としては物理的に立つことが念頭に置かれていますが、実は精神的に「自立」するということでもあるのかなと思っています。ゴミ屋敷に住んで支援を拒否する、そのことが果たして自立になっているのかどうか。実はそれが嫌なのに、片付ける方法を知らないだけかもしれない。支援を求める力を失ってしまっている方もいらっしゃると思います。それって決して自立しているとはいえませんよね。

「自立ってなんぞや」という話になるかもしれませんが、おそらく人間性とは何かといえば、人と話し合ったり、人の助けを求めたりすることができるということも、そうなのではないでしょうか。そうやって人間社会はできていますから。

—本人の意思を尊重しながら、どうしたら人間らしい生活を営めるようになるか。どうしたら拒否という形ではなく、適切な自己決定をしてもらえるか。それにいたるまでのサポートをすることで、法的な懸念もなくなるし、最終的にその人の権利擁護も叶うということでしょうか。

はい。世の中には、例えば、今までは治療や介護を受け入れていたけれど、途中で拒否する人もたくさんいらっしゃるわけです。必要な治療や介護の一部を拒否される方も少なくありません。それをそもそも全部嫌という人たちがセルフネグレクト事案の中には多く存在し、その方たちは困難事案の最たる当事者とも言えます。だから、セルフネグレクトの支援ができる人は、ある意味ほとんどの事案の支援ができるはずです。そのくらい究極の事例だと思います。

ある自治体では、支援が進まない困難事例として挙げられている事例の約52%が支援拒否だったことが判明し、その支援のためのガイドライン作りに乗り出した例もあります。やりがいがあるといったら少し語弊があるかもしれませんが、取り組む大きな価値があることだと思います。

私自身は弁護士ゆえ、クライアントから依頼があって初めて仕事をすることになるので、最前線でセルフネグレクト事案に遭遇する専門職ではありません。しかし、ユマニチュードの存在やスキルを伝えることで、支援者の方への支援、つまり後方支援ができるのではないかと考えています。そして、先ほど保佐申立を拒んでおられた女性の例から分かるように、弁護士も、個々の事案の解決のため、権利擁護の手段となり得るユマニチュードを学ぶことはとても有益だと思うのです。

“支援者への支援”を目指して

—今後は、研修会やシンポジウムを開催される予定とお聞きしています。

今年(2024年)2月に、私が所属する福岡県弁護士会と、九州の各弁護士会で構成する九州弁護士会連合会との共催で、シンポジウム「セルフネグレクト~支援を拒否する人への支援を考える」を開催しました。そこでは、保健師としてのご経験を持つセルフネグレクト研究の第一人者の先生の基調講演や各専門職の方とのパネルディスカッション、そして福岡市の地域包括支援センターと障害者基幹相談支援センターの協力を得て実施した「繋がるヒントを見つけるためのアンケート」調査の報告を行いました。

この報告はセルフネグレクト事案の多くの成功事例を集め、それらの事例を要約するとともに、そこから抽出できた「支援に繋がるアプローチ方法(スキルやヒントや心構え)」や「現場の悩み」を報告するものでした。すると、そのシンポジウムの事後アンケートでは、支援のための具体的な方法やスキルをもっと知りたいという要望が一番多かったのです。

そこで私の発案で、弁護士によるセルフネグレクト支援の後方支援の第2弾として、今年11月に福岡県弁護士会主催で、セルフネグレクト支援のアプローチ法やスキルを中心とした研修を実施します。準備が間に合えば、ユマニチュードがセルフネグレクトの方々とのコミュニケーションに役立つということもお伝えしたいと思っています。

現時点ではまだセルフネグレクトの現場でユマニチュードの具体的な応用方法ができ上がっているわけではありませんが、イヴ・ジネスト先生のおっしゃる「自立を促す技法」とそれを生み出した哲学体系は、必ず応用ができるものと確信しています。

そして、権利擁護のスキルとして、ユマニチュードを知ってもらうことによって、医療福祉関係者や介護の必要な市民だけでなく、自治体や企業、そして社会全体にユマニチュードを広めたいです。わが国では家族などの養護者による高齢者虐待が年間約17,000件程度発生しているのですが、その原因の第2位は「虐待者の「介護疲れ・介護ストレス」です。しかし、介護をする家族の方々にユマニチュードを普及させることに成功すれば、介護者による虐待が減少することが考えられます。これもユマニチュードの権利擁護としての側面です。

今後ユマニチュードからどんな展開が飛び出すのか、世の中の「支援の必要な方々」と「それを支援する方々」に対して、きっとすごいことができるんじゃないかと期待しています。そして、私自身は、「ユマニチュードの権利擁護としての側面とその価値」を多くの方々に伝えていきたいです。

後日談

本インタビューの後、篠木さんとイヴ・ジネスト先生が直接お会いする機会がありました。

篠木潔さん ユマニチュードをセルフネグレクト支援に活用することについて、zoomミーティングで本田美和子先生にご相談した際、私はジネスト先生のお考えと異なってはいけないと思い、その点について本田先生にお尋ねしました。すると、私の考えをジネスト先生に直接お話しされてみませんかと言われ、その場を設けてくださいました。

そしてなんと、私の地元福岡の鉄板焼屋さんで、3人で会食することになったのです。さすがの強心臓の私も、本田先生と直接お会いするのは初めてですし、ジネスト先生ご本人とのお食事会ですので、数日前から非常に緊張しました。ところが、お会いしてみると、ジネスト先生の包み込むようなコミュニケーションのお蔭であっという間に緊張がほぐれ、様々なお話をすることができました。

ユマニチュードをセルフネグレクト支援に活用することやユマニチュードの権利擁護としての側面にも大賛成してくださいました。お話をお聞きすると、ユマニチュードは人間の尊厳を基本とし、もともと人権をも念頭に置いたものだということでした。そして技法だけではなくユマニチュード哲学も重要だとおっしゃり、いろいろと教えてくださいました。

私はスキルとしてのユマニチュードに着目しすぎて、本当の意味でのユマニチュードをしっかり理解していなかったことを恥じました。そして、まだ知らない150の技法や哲学も含めて、ユマニチュードを改めて本格的に学びたいと思いました。そこで、酔いの勢いで弁護士向けのユマニチュード研修をしていただくようお願いし、本田先生に実施していただくことになりました。これは日本で初めての弁護士に対するユマニチュード研修となります。

余談ですが、ジネスト先生は日本酒の辛口がお好きとのことで、大変驚きました。そして最後には、私が持参していた先生のご著書にサインまでいただきまして(笑)、私はユマニチュードを多くの人に伝える決意を新たにした次第です。


左から本田美和子先生、イヴ・ジネスト先生、篠木潔さん。福岡の鉄板焼屋さんにて。

おわり

福祉の現場を支援する弁護士の取り組みを紹介します。

介護のケアにとどまらず、福祉の分野でもユマニチュードの考え方や技術を活かすことはできるのでしょうか。「セルフネグレクト」に取り組む福祉職を支援する弁護士、篠木潔さんの試みを紹介します。(聞き手・松本あかね)

篠木潔さん(福岡県在住)

弁護士法人翼・篠木法律事務所の代表弁護士(福岡県弁護士会所属)として、主に企業法務や医療・福祉関連業務に従事し、福岡県介護保険審査会長、福岡県社会福祉士会理事なども経験。法律事務所内に社会福祉士を雇用して共同で成年後見業務にあたるなど、法律とソーシャルワークの連携を実践しています。

支援を拒否する人たち

-弁護士として「セルフネグレクト」に関わる医療・福祉職の方をサポートする研修会、シンポジウムの開催に取り組まれていると聞いています。まず「セルフネグレクト」とは何かを教えてください。

篠木潔さん 「セルフネグレクト」は一般的には次のように定義されています。

「人が人として、生活において当然行うべき行為を行わない、あるいは行う能力がないことから、自己の心身の安全や健康が脅かされている状態に陥ること」

より専門的な定義として「健康、生命および社会生活の維持に必要な、個人衛生、住環境の衛生もしくは整備又は健康行動を放任、放棄していること。そしてそれには、サービスの拒否、財産管理の問題、社会からの孤立などの付随概念を含む」という内容が提唱されたりもしています。

身近な例でいえば、いわゆる「ゴミ屋敷」がそうですが、それにとどまりません。近所の人が通報して初めてわかることも多いのですが、訪問すると、夏なのにクーラーもない中で寝込んでいることがわかったりする。極端に物を溜め込んだ不衛生な環境で、本人の栄養状態も極めて悪い、持病があるのに治療しない、介護サービスを導入しないと在宅生活が困難なのに頑なに拒むといった事例が見られます。

—篠木さんご自身が「セルフネグレクト」の問題を知ったきっかけは?

弁護士として、医療・福祉関係者から、支援を拒否する人に対し、強く介入しなかった場合に法的責任を問われる可能性があるか」という相談や、逆に「本人が拒否している関係で、どこまで介入してよいのか? 介入しすぎると法的責任と問われる可能性があるか」という相談を受けることが度々ありました。

また知り合いのケアマネージャーさんから、支援を受け入れないまま、2、3年経過するという事案もあると聞いて驚きまして。実際に孤独死も起きていて、これは大きな問題ではないかと勉強したところ、「セルフネグレクト」という大きな問題(テーマ・課題)があることがわかった。それが、5、6年前のことです。

—「セルフネグレクト」は直訳では「自分の世話を怠る」となりますね。なぜ、そのような状況に陥ってしまうのでしょうか。

セルフネグレクトに陥るリスク要因にはいろいろあります。例えば認知症によって判断能力が落ちて、身の回りのことができなくなる場合があります。また、判断力はしっかりしているけれど、配偶者や近しい家族が亡くなる、リストラといったライフイベントによって生きる意欲が失われてしまう、その結果、自分の世話をしなくなるといった要因もあります。

さらにプライドや遠慮、気兼ね。これは日本人に多いそうです。プライドの高い人は人の世話になりたくない、遠慮や気兼ねをする人は人のお世話になるのは申し訳ないと思ってしまい、生活や医療の支援を拒否した結果、家屋の衛生状態、本人の健康状態が著しく損なわれてしまうのです。

引きこもりの長期化も要因として挙げられます。人間関係の構築ができず、受け入れを拒否してしまうのですね。人間関係のトラブルで、人間が怖くなっている場合や、虐待のトラウマで生きる意欲が失われ、SOSを出せないということもあるそうです。そのほかには経済的な問題。支援の費用が出せないから拒否するというケースもあります。

—さまざまな理由や背景があるのですね。

そうなのです。そのような方に対して支援を進めるためには、本人の協力や同意、承諾が必要ですが、それを拒否されてしまい、支援そのものが進まないというのが現状です。ひどい場合は、そもそも自治体の職員や医療・介護関係者等の支援者に会ってもくれないという例もあり、支援に繋がるまでに数年もかかる事例が少なくないようです。

しかし、こうした「支援の拒否」を弁護士から見た場合、ご本人は「自己決定権を行使されている」ともいえるわけです。分野は違いますが、「尊厳死」は延命を拒否してするものですが、今はこれを尊重しようという流れもありますし、海外では安楽死さえ認められている国もあります。つまり、積極的に死ぬことを許容されている国もある中で、セルフネグレクトの場合は、その手前の事柄で自己決定権を行使されているのですから、なおさらその意思決定を尊重すべきと言えなくもありません。

しかし、行政自体も支援者も、本人の生命や健康等に悪影響が出ているのだから、本人を守るという権利擁護の観点から、あるいは支援者たちの職業倫理の観点から、それを放っておくことはできないと悩まれる方が多いのです。一方、放っておくと自分たちに責任が及んでくるのではないかと恐れている方も少なくない。そのような現場の支援者のジレンマに対して、私たち弁護士が、ある程度の方向性をアドバイスする必要があったわけなのです。

ユマニチュードのスキルを使ってみたら

—現場の支援者が、本人の意思を尊重する気持ちと命や健康を守らなければ、という使命の板挟みになっている状況が伝わってきます。それに対して、ユマニチュードのスキルはどのように役立つのでしょうか。

私が実際に関わったケースをご紹介しましょう。

認知症の症状のある高齢女性ですが、消費者詐欺に遭ってしまったり、契約の意味を正しく理解できないばかりか、預貯金の管理さえもできなくなったりされていました。認知症が進んで判断能力の程度から言うと成年後見制度の「保佐人」による支援が必要な事態となりました。しかし家庭裁判所から保佐人に対して、その方の生活のために預貯金の管理や介護サービスなどの各種契約等を代わりにすることができる「代理権」を付与してもらうには、制度上、本人の同意が必要なのです。なので、その方から代理権付与についての同意を得られなければ、ご本人の生活全般を守れないわけです。ところがその高齢女性の方は、子供さんや私の先輩弁護士がどんなに説得しても同意してくださらない状況でした。

そこで、このままではうまくいかないということで、私が先輩の弁護士に頼まれまして、その方の所へ同行しました。当時入院中だったのですが、先輩弁護士はベッドに座っておられた女性のところへ行って、仁王立ちになって言うわけです。「被害に遭っているから後見制度使わないといけない」「代理権付与の同意書をもらわないと困る」と、叱るような口調で。その方にしてみれば、そもそも被害に遭っているという認識もないし、自分でなんでもできると思っておられるから、当然拒否される。

それを見て、私は相手の視野に入るようにして膝をついて、「初めまして」。ゆっくり、話しかけてみました。そうしたら「あんた、なんね」、「弁護士です」。なぜ弁護士が来ているのかと、最初は「助けはいらん」と拒否されました。そこで、私は話を切り替えて「この病院はごはんがおいしいですか?」「お困りのことないですか?」と聞くと、「おいしくない」「看護師が意地悪する」とかおっしゃる。「それは大変ですね」、それから「触れる」のステップをしてみたんですよね。そうしたら、私の顔をじっと見て、そこからが急展開。私という人間を受け入れて、話を聞いてくださって、いろいろお話をしました。そしてその場で同意をもらいました。おそらく1時間くらいのことだったと思います。

—説得しようとするのではなく、まず受け入れてもらおうとなさった。ユマニチュードを使うことでコミュニケーションの扉が開き、支援の内容を理解してもらうことができたのですね。

はい。ユマニチュードのスキルを使うことで、これまで受け入れてくれなかった方が話を聞いて、「いいよ」と言ってくださった。そのお蔭で保佐審判開始の申立を行うことができ、保佐人が選任されて財産を守ることができました。

この方は認知症でしたが、それだけでなく「8050問題」といわれる引きこもりの当事者や、ゴミ屋敷のケースにもユマニチュードは役立つのではないかと思うのです。その点について本田美和子先生にお聞きしたところ、先生も「役立つと思う」とおっしゃいました。そもそもユマニチュードは、いろいろなスキルを駆使して患者さんが自分は大切にされている、支援者たちもあなたのことを大切に思っているということを表現するスキルだとおっしゃっていました。

それってまさに、セルフネグレクトのご本人に対しても必要なことですよね。自分が大切にされていない、酷いことを言われた、自尊心が傷つけられた、他人が怖いといった理由で引きこもりの方もいらっしゃるでしょう。だからこそ「あなたのことを大切に思っています」ということを、まさにユマニチュードのスキルを使って伝えることが重要だと思うのです。

「尊重」と「支援」を両立する

本田先生ご自身も、医療現場でセルフネグレクトを経験されたことがあるそうです。いちばんいけないのは、「今日はあなたを支援するためにきました」とか、用件をはじめに言うことだとおっしゃっていました。

ユマニチュードの中でも、例えば相手の領域に入るために、ノックをして承諾を得ることとか、ケアをするという合意をしてからにしましょうとか、そういうところがある程度進んで初めて、用件を言って、その中で合意を得ますよね。それがご本人を一番尊重したやり方だと思います。

ところが現場の支援者は、セルフネグレクトが何年も続いる状況を目の当たりにすると、こんな暑い中で危険かもしれない、と急ぎ支援をしようと焦ってしまって、そういう大切な手順を取らないだろうと思うんです。本田先生は、相手が受け入れてくれなければ、その場で一旦帰るということも大切なことだと。実際に経験豊かな行政職、福祉専門職は、無理やり話を続けようとせずに、一旦は帰られるそうです。

—現場でも実はいろいろなスキルを実践されているのですね。

そうなのです、皆さん試行錯誤するなかで、生まれているスキルがあるのだと思います。ほかにも、私が使えるのではないかと先生にお話ししたのが、ユマニチュードの5つのステップの中の『感情の固定』。ケアの後で共に良い時間を過ごしたことを振り返るというステップがありましたね。

セルフネグレクトの場合にも、例えば、拒否していた方が、玄関だけ開けて話をしてくれたなら、「会ってくださってありがとうございます。本当に私は嬉しかったです」と感謝の気持ちを伝える。そうやって本人が喜ばれること、印象に残る話をすると、支援の前段階ではあるけれど、その会話自体が、本人にとってはケアのようなものではないでしょうか。そしてその良い印象が残り、それが次に繋がっていくのは、病院や介護施設でのユマニチュードの実践と同じかもしれないと思いました。

それから『再会の約束』、これは次のケアを受けてもらうための準備として、「今日は玄関を開けてくださってありがとうございます。また訪問します」と約束をする。おそらくそんな約束はいらないと言われるかもしれません。そのとき、「先ほど、花の話をされていましたよね、ちょうど1ヶ月後、紫陽花の季節なので、写真をいっぱい撮ってきます。○○公園の紫陽花なんかは種類が多くてとても綺麗なんですよ!」とかね。再会の約束と同時にご本人が喜ばれるような約束をする。それでも来なくていいとおっしゃるかもしれない。でも1ヶ月後に行ったときには、そのことを覚えていらっしゃって、その日の会話は、まずは紫陽花の話からスッと入っていくかもしれませんよね。

そのほかにも、ユマニチュードの手法や哲学で、セルフネグレクトの支援はもちろん、権利擁護の場面に役立つことはたくさんあるように思います。なので、日本ユマニチュード学会でも一度、研究していただければうれしいです。

—支援は介護と同じで、一回の訪問で終わりではなく、関係性の構築が必要だと感じます。

そうなんですよ。イヴ・ジネスト先生もそれをよくわかっていらっしゃって、うまくいく方法をしっかり体系化されていますから、介護ケア以外にも、きっと使えると思います。なんといってもユマニチュードにはそれを支える素晴らしい人間哲学がありますから。

—お話を伺っていると、本人の判断能力の低下による拒否もあるけれど、コミュニケーションがうまくいっていないことが、第一の原因という見方もできるのではないかと思いました。

そうですね。その意味では、まずは繋がるための支援が重要です。そのために、コミュニケーション ケア技法でもあるユマニチュードは本領発揮の場でもあると言えるように思います。さらに、セルフネグレクトの支援の場合、コミュニケーションが取れた後、ケアよりもさらに進んで、具体的にどういう支援をするかという話をご本人とする必要があります。

ケアや治療はある程度、行うべきことが決まりやすいです。でもセルフネグレクトの方を支援する時、それぞれ課題や背景や考え方が違いますから。お金がない、とにかく人が怖いとか、ご病気かもしれないなどさまざまです。そのため、適切なコミュニケーションを通じて必要な情報を取得し、その人にあった支援をどうしていくかという合意を形成していかなければいけません。その中においても、ユマニチュードの手順を1つ1つ繰り返していけば、拒否は起こりにくんじゃないか、そして前向きな合意形成が可能になって、セルフネグレクトの支援が進むんじゃないかなと思うのです。

(後編に続く)

人間らしさを大切にするケア技法「ユマニチュード」は、医療や介護現場だけのものではありません。これから超高齢社会を迎える日本において、誰もが自分らしく生きていける社会を実現するため、福岡市は自治体として「ユマニチュード」へ取り組んでいます。
福岡の玄関、博多駅では、ユマニチュードを普及・浸透するデジタルサイネージで、広報を行っています。
また、9月28日・29日には、日本ユマニチュード学会・福岡総会が福岡市で開催されます。考案者のジネスト先生も参加されます。
会員の皆さん、そして会員ではない方もご参加できます。みなさん、福岡でお会いしましょう! 博多駅ではこのサインでお待ちしています!

参加お申込みは、下記の特設サイトから行うことができます。

第6回日本ユマニチュード学会公式サイト

※新しいウィンドウが開きます

認知症コミュニケーション・ケア技法「ユマニチュード」家族介護者向け講座

知識・技術を学び、介護に生かす相談意見交換会(参加無料)

福岡市内にお住まいもしくはお勤めの方で、認知症の家族の介護を行っている方を対象に、下記の講座が開催されます!(9月2日申し込み受付開始)

お申込みはこちらから
日程 A・B・Cの開催日程から選んでご参加ください。
[A]令和6年10月18日(金),11月8日(金)18:00~20:00
[B]令和6年10月19日(土),11月9日(土)10:00~12:00
[C]令和6年10月19日(土),11月9日(土)14:00~16:00
※2時間×2日間(前半・後半)の講座(全て同じ内容です)
会場 福岡市認知症フレンドリーセンター
(中央区舞鶴2-5-1 福岡市健康づくりサポートセンターあいれふ2階)
対象 福岡市内にお住まいもしくはお勤めの方で、認知症の家族の介護を行っている方
選択した日程の講座を2日間とも受講できる方(各2時間)
講座内容 介護に必要な知識と具体的なケア技術の基本を学び、ワークショップ(練習)も行います。また、介護場面での参加者の実際のお困りごとについて、一緒に考えます。
参加費 無料
申込方法 申込期間:2023年9月2日(月)~2023年10月11日(金)
※先着順で受け付け、個別にご連絡いたします。定員になり次第締め切りとなります。 お申込はこちら。
定員 各回20名 
お問合せ 一般社団法人日本ユマニチュード学会 福岡講座窓口
(電話)03-6427-1749(平日10時~17時)※申込期間中のみ利用可能
(メール)fukuoka@jhuma.org
主催
福岡市は、認知症になっても、住み慣れた地域で安心して自分らしく暮らせるまち「認知症フレンドリーシティ」を目指し、認知症コミュニケーション・ケア技法ユマニチュードの普及に取り組んでいます。

注意事項

・当学会のメディア取材や広報・広告等の目的で、研修当日に撮影した映像・写真等を、雑誌・新聞・ウェブサイト・パンフレット等の媒体において利用する場合があります。