映画『急に具合が悪くなる』公開記念特別座談会

〜濱口監督×松田プロデューサー×ジネスト先生×本田先生が語る、映画とケアの未来〜

カンヌ国際映画祭で最優秀女優賞を受賞し、大きな話題を呼んでいる映画『急に具合が悪くなる』。この度、本作の公開を記念して、濱口竜介監督、松田広子プロデューサー、そしてユマニチュード考案者のイヴ・ジネスト先生、本田美和子日本ユマニチュード学会代表理事による、4名の特別な座談会が実現しました。映画の舞台裏からケアの本質まで、熱く語り合った様子を対談形式でお届けします。

1. 映画とユマニチュードの出会い

本田美和子先生(以下、本田)  濱口監督、松田さん、この度は本当におめでとうございます!ジネスト先生もカンヌ国際映画祭のライブ配信をずっとご覧になっていて、本当に喜んでおられました。 濱口監督にお伺いしたいと思っていたことがあるのですが、かなり前のことになりますが、『ドライブ・マイ・カー』公開時に書店「文喫」で開催された「ある映画のための補助線、映画『ドライブ・マイ・カー』をめぐる複数の本」濱口監督の選ぶ10冊」という企画で監督の選書として、10冊のうちの1冊に『ユマニチュードという革命』を選んでいただき、それが私どもが監督とやり取りを始める最初のきっかけになりました。もしよろしければ、あの時にこの本を選ばれた理由を教えていただけますか?

濱口竜介監督(以下、濱口) あの選書は、映画(『ドライブ・マイ・カー』など)を作る上で自分自身がインスパイアされた本を選ぶという企画でした。実はそれより前、5年ほど前から『ユマニチュード入門』書を読んでいて、非常に興味を持っていたんです。 ユマニチュードは「ケア(介護・医療)」の業界のお話ですが、私たちが働いている「映画・映像」の現場とものすごくつながるところがあると感じています。現場において、どうすれば俳優の感情的な仕事を尊重し、一人の人間として尊重できるか。それを考えたとき、既存の構造の中には、それを十分にさせてくれない構造があるのではないかと。

ユマニチュードでは、認知機能が低下した方々に対して、その弱った部分を補完するようにコミュニケーション(見る・話す・触れるなど)を取ります。それによって、一見見えなくなっていた相手の知性や精神が活性化し、再びつながることができる。この「構造を外側から見て、本質的な部分にアプローチする」という方法論が、映画の現場にも持ち込めるのではないかと非常に参考になりました。 何より、「人をよりよくケアすることによって、ケアする側の尊厳も保たれる」ということが本当だと思えた。これをどうやって現場に持ち込めるかが、強い興味を持った出発点でした。

本田  それを伺って本当に嬉しいです。ただ、その後に松田プロデューサーから「映画を作りたい」とお問い合わせをいただいた時、最初は濱口監督のお名前が伏せられていたんですよね(笑)。メールでのやり取りを経て、後から「実は濱口監督の作品です」と分かって驚いたのを覚えています。それからは、私たちの研修にもたくさんお越しいただきましたね。ご一緒くださり、ありがとうございました。

2. 「フランコ・バザーリア」との繋がり、そしてケアの原点

濱口 せっかくの座談会ですので、私からもジネスト先生にお聞きしたいことがあります。今回の作品の中で、ユマニチュードのジネスト先生、本田先生に監修として入っていただいて、脚本から読んでいただいておりますが、ある時、演劇の要素として「フランコ・バザーリア(※イタリアの精神科医、精神病院廃止運動の先駆者)」を取り入れました。脚本段階でジネスト先生にお見せした際、バザーリアの名前に「ああ、バザーリアか」という感じですぐ反応されましたよね。日本ではまだ一般的に広く知られている名前ではないのですが、ジネスト先生がバザーリアの思想をどう知ったのか、またユマニチュードとの影響関係があるのかを伺いたいです。

イヴ・ジネスト先生(以下、ジネスト) こんにちは。私とロゼット・マレスコッティがこのケアの取り組みを始めた1980年代当時、私たちは長期療養型の病院や施設、精神病院で教えていました。そこで目にしたのは、本当に恐ろしく、凄惨な現実でした。ロゼットと私は毎晩のように泣いて過ごしていました。 床に横たわった10人もの人々に、ホースで一斉に水をかけてシャワーを済ませるような光景や、精神病院でありながら、まるで牢屋のように鉄格子があり、壁には患者を拘束するための鎖が設置されている空間を、私たちは実際に見てきたのです。

私たちは、そこにいる医師や看護師たちに、これまでとは異なるケアの方法やアイデアを提案し始めました。ある日、南仏のリムーという町にある精神病院を訪れたのですが、そこの指導部や管理側の人々は「世界を変えたい」と言っている、ある意味で熱狂的な、素晴らしい人たちでした。私たちが提案をすると、「よし、やろう」と一つずつ実行に移してくれたのです。 そんなある日、彼らに招かれて一本の映画上映会に参加しました。それが、イタリアのバザーリアの思想と実践に関する映画だったのです。

バザーリアはイタリアで精神病院を廃止することに成功した人物です。リムーの病院も同じことをしようとしていました。彼らは大きな病院を6つの小さな施設に分割し、それまで一生を閉じ込められて過ごしていた患者さんたちを、街中の普通の住居で暮らせるようにしていったのです。 住民の理解を得るための上映会では、物事は簡単にはいかないという象徴的なエピソード(※住民とのハプニング)もありましたが、こうした歴史的・地域的な地続きの経験のなかで、私たちはバザーリアの精神に触れていました。

濱口 今のお話を聞けてとてもよかったです。バザーリアの思想とユマニチュードの関係性交点が、ジネストさんのキャリアの初期時点であった、ということですね。自分の中で非常にすっきりと繋がりました。 私が『ユマニチュードという革命』を読んで最も信頼できると感じたのは、まさに先生方が現場で「暴力的な介護をしてしまうことで、自分自身の尊厳をも傷つけてしまっていた」という、実感を伴うご自身の痛みの経験が出発点になっているということです。映画に絡めて言うと、ジネストさんが道を開いてくれたのはある種の偶然です。強制的な介護に心ならずも参加しているそのとき、ドアが開いていて、そのドアの向こうに薬箱が見えてて、自分が子供のころ捻挫をしたらその薬を用意してもらってケアしてもらっていたが、自分は今そうしていないということ。それが、日付も覚えていて、まさに分岐点になったということ。

ジネスト それは、1987年6月23日でした。本当に、押さえつけていたんです。看護師さんが麻酔をかけずに、患者さんの褥瘡のケアとして、肉を切り取るところを。痛みで苦しんでいる患者さんを、私は押さえつけなければならなかった。私とロゼット(ユマニチュードの共同考案者)は、自分たちがやっていることに、まさに傷ついていました。毎日仕事が終わった後で泣いていたのです。しかし、この日を境に、私たちは自分たちを変えていかなければいけない、と決意しました。

3. 「頼ること」が生み出す人間の絆と自由

本田 今回、この作品を観て、私は「この映画があるから、これからもこの仕事を続けていける」と心から思いました。誰もが現場で経験したことのある、小さな積み重ねが映画の中に詰まっているからです。「これは私の経験だ」と、ケアに携わるすべての人が自分を重ね合わせて観ることができる。 そして同時に、ケアの仕事をしていない方々からも、「ユマニチュードは単なるケアの枠を超えた、私たちが生きていくための行動の礎となることを感じる映画だ」という感想が寄せられているのを読みました。

ジネスト 本田先生、そして皆さん、本当にありがとうございます。私も全く同感です。濱口監督は、単に優れた映画作家であるだけでなく、感覚的な意味において卓越した「哲学者」であると思います。人間にとって何が重要かという価値観を、とても重視されている。 哲学とは、「人間とは何であるか」「自由とは何であるか」「ケアとは何であるか」という問いに誠実に答えることだと思います。

私たちがユマニチュードの哲学を構築した際、いくつかの価値観を大切にしました。その一つが「人に頼る(依存する)」ということです。 近代社会の多くは「インディペンデンス(独立・自立・人に頼らないこと)」を美徳として追及しますが、私はそれは半分間違っていると思います。例えば、今私は通訳の方に頼って会話をしています。人は互いに「頼ること」によって、人と人の間に「絆」や「つながり」を生み出すことができるのです。

今回の映画でも描かれていますが、ユマニチュードにおける最大の学びの一つは、「最も弱い立場にある脆弱な存在(フレイルな人々)から、私たちは最も素晴らしい贈り物(感謝や人間らしい反応)を受け取る」ということです。私たちはケアをしているようで、実は彼らに頼り、生かされている。 弱い立場にある人々に対して、私たちがどのような価値観を持って接するかによって、そこが全体主義的な依存関係(支配)の場になるか、あるいはお互いに「自由」を与え合える関係になるかが決まります。私たちは「自由」を選んだのです。

4. 誰でも実践できる技術、そして「ハート」のあり方

松田広子プロデューサー(以下、松田) 実際に慶應義塾大学病院などで行われた研修に私も参加させていただいたのですが、インストラクターの指導のもとで看護師さんたちが学び、実践していくと、患者さんの反応が1日目、2日目で明らかに変わっていくんです。それを見た看護師さん自身や、ご家族の変化を目の当たりにして、感動しました。私たちが映画を通してユマニチュードをご紹介できることを誇らしく思いました。

濱口 まさにその研修のプロセスそのものが映画のようでした。研修を受けて、ユマニチュードの基本的なコミュニケーション技術を使ってケアをし、普段は反応のなかった患者さんから反応が返ってきたとき、ケアをする側の看護師さんが「反応してくれてありがとう」と言ったんですよね。擦り切れるような現場の中で、相手からの反応という「贈り物」を受け取った瞬間、自分たちの仕事の価値を再発見し、スタッフ自身が活性化していく。その幸福な循環をそこで見ました。

本田 そうなんです。ちょうど今朝、連絡があったのですが、ボルドー大学の先生方と「ケアにおける話す要素」についての研究を進めています。ユマニチュードのトレーニングを受けると、現場でケアをする側から「ありがとう」という言葉が劇的に増えるというデータが出ています。私たちが一方的にケアを施すのではなく、ケアを受け取ってくれた相手からの反応をより鋭敏に受け取れるようになります。ジネスト先生は、これをケアの分かち合い、と呼んでいらっしゃいます。ケアギバー(ケアを与える人)ではなく、ケアシェラー(ケアを分かち合う人)。これによって双方向の変化が生まれ、それを受け取ることでお互いが嬉しくなる。まさに「贈り物」の交換です。

また、ユマニチュードは「ジネスト先生のような巨匠だからできる名人芸」だと思われがちですが、決してそうではありません。先生から学んだ日本のインストラクターが、現場の看護師さんに教え、そこでも同じように変化が生まれています。「誰でも学び、実践できる再現性のある技術」であるというところが、何より重要で、ぜひ多くの方々にまずは試してみていただけたらと思います。

ジネスト先生  一つ強調したいのは、ユマニチュードは皆さんに「新しいハート(心)」を売っているわけではない、ということです。ハートは、皆さんがすでに心の中に持っているものです。 しかし、もろく困難な状況にある人々をケアする現場には、様々な「落とし穴(罠)」があり、その困難さゆえに、持っているはずのハートが見えなくなってしまう。ユマニチュードは経験を通して、その落とし穴がどこにあるかを明確にし、具体的な解決方法を提案しているに過ぎません。

これはすべての人間関係に有効です。例えば、奥様と喧嘩をしたときにどうするか。黙って部屋に閉じこもったり、テレビで(スポーツの)試合を観て現実逃避したりするのではなく、「話す」ことです。「あなたが私を傷つけようとしているなんて思えません。今何かがうまくいっていないから、一緒に直していきましょう」と言葉をかける。ただそれだけのことなのです。

実際にユマニチュードを学んだ看護師さんは、学ぶ前に比べてコミュニケーションの量が「24倍」になるというデータもあります。それは私たちが特別な心を授けたからではなく、具体的な「コミュニケーションの方法(技術)」を提案したからなのです。

5. 映画が現実と理想の間を埋める架け橋に

松田  映画の中で「目線を合わせる」という場面があります。文字で読むと簡単そうですが、いざ実際にやろうとすると、照れくささもあり非常に難しい。

本田 だからこそ「見ることを技術として身につけるための訓練」が必要なのだと思います。ユマニチュードの技術の基本は好きな人には本能的に行っているコミュニケーションの要素を、プロフェッショナルの技術として誰に対しても意識的に行うことで、それには訓練が不可欠なんです。

濱口 先ほどジネストさんがおっしゃっていた「罠(piège)」というのは本当にあらゆる場所に潜んでいると感じています。「ずっとこうしてきたから」「これまではこれで上手くいっていたから」という慣習が形骸化して残っていたり、表面上だけ取り繕ってやり過ごしたり。こうした状況は介護業界だけでなく、本当にありとあらゆる業界にあると思うんです。

人によっては、『急に具合が悪くなる』の原作とユマニチュードが関係ないのではないかと言う人がいるかもしれないが、それは我々が「人に関心を寄せるための時間や余裕」を持つことを阻むような、共通の構造への抗いだと言えます。 介護の業界でも映像業界でも、この他者に「関心」を寄せることの困難さは、共通の構造から生み出されている問題のはずで、映画の中でもそれを指し示すような場面を描きました。一体どうしてこのような悪循環を生み出してしまうのか、ユマニチュードからその構造へのアプローチについて、私自身も非常に多くを学びました。

本田 本当にありがたいなと思います。私たちがよく現場で耳にする「時間がかかる」とか「シフトを組むのが大変だ」といった課題が、映画の中でも非常に象徴的に描かれていました。

例えば「猫を飼う」というエピソード。最初は「部屋から出しちゃいけない」「そんなの無理だ」と言われていたのが、だんだんと猫の存在を通して自由な暮らしが徐々に確実に生まれていく。あの猫一匹の存在は、映画の中で「自由が確立されていく象徴」のように見えました。言葉を超えて、ユマニチュードの考え方が現実のものとなっていく過程を見せていただき、自分もそれを一緒に経験しているような、もの凄く濃密な3時間でした。

6.「ユートピア」と現実の間を埋めるプロセス

濱口 この映画を観た方から、よく感想として「ユートピア的だ」と言われることがあります。ある種、否定的なニュアンスで「こんなキレイごとの施設は現実にはないよね」と。

ただ、私は実際に施設を見に行っていますが、そこは今回映画で描いた施設よりも、ずっとユートピア的に見える場所でした。ですから、勿論、ここの施設によって置かれている状況は違うにしても、決して不可能なことではないと確信しています。その実践に励まされたからこそ、みんながそこにたどり着くプロセス――この現実と、一見ユートピアに見えるものとの間を埋めるような映画にしたいと考えました。

本田 予告編で「理想の介護を追求するマリー=ルー」という言葉を見たとき、私は「理想の介護はすでにここにあります」と勝手に心の中で答えていました(笑)。先ほどおっしゃったように、実際のユマニチュード認証施設ではすでにそういうことが起きている、ということをお伝えしたいな、と思います。

また、去年のカンヌ国際映画祭の時期に、フランスにお伺いし、俳優の方々へユマニチュードのトレーニングをする機会をもちました。そのとき、参加していた俳優の皆さんが口を揃えて「こんなに自分たちを大事にしてくれた映画はない」「私たちのような主役ではない役者に対しても、これほど丁寧にトレーニングの機会をくださる監督は過去にいなかった」とおっしゃっていたのが印象的でした。みんな濱口監督のことが大好きで、共に作品を作ることに大きな喜びを感じていらっしゃることを知ったのは、本当に素晴らしい経験で、ご一緒する機会をいただいたことを、心から感謝しています。

7.ユマニチュードは「建物」であり「料理人」である

濱口 改めて、この座談会でまだお聞きしていなかったので、ジネストさんから見たこの映画に対する率直な感想をお聞かせいただけますか。

ジネスト先生  この映画に関する私の感想は、本作を拝見したすべてのフランス人、そしてユマニチュードを知っているフランス人たちが感じたことと全く同じです。

みんな私に「この映画はユマニチュードに関する映画だね」というメッセージを送ってきました。しかし、私は必ずこう答えるのです。「いや、これはユマニチュードについての映画ではないんだよ」と。

確かに、環境としてのユマニチュード――優しさ、自由、人間と人間との関係性――はそこに存在します。ただ、先ほど「ユートピアのようで実現できないもの」という言葉がありましたが、今回撮影された介護施設は、まだユマニチュードの「認証」を受ける前の、導入の初期段階にある施設です。

すでに認証を受けている本物のユマニチュード施設では、本当に完全に自由です。入所者の方は好きな時に、たとえ真夜中の午前2時であっても自由に出入りができます。ご家族もお母様に会いに来て、そのまま一緒に添い寝をすることだってできる。自分の飼い猫を連れて入所することもできますし、お金がある方は食事の時にブルゴーニュワインを楽しんでいます。たとえおむつをつけなければいけない状況であっても、ご夫婦で同じベッドで寝ることだってできるのです。

ユマニチュードの認証を受けるためには、「人間としての権利がすべて尊重される状況」が不可欠です。今回の映画は、そのユマニチュードに取り組もうとしている、素晴らしい「導入のプロセス」を撮影してくださいました。心から感謝しています。

「ユマニチュード道」です。

濱口  ありがとうございます。最後に付け加えると、脚本の段階でジネストさんに意見を求めた際、「アドバイスやおかしいと思うことは言うけれど、これはあなたの作品なんだから、あなたが信じることをやりなさい」と言っていただけて、本当にありがたいと思いました。おっしゃる通り、劇中の施設はユマニチュード導入の初期段階なので、すべてが上手くいっている状況ではありません。でも、その「発展途上のプロセス」描くことを許容し、励ましていただいたからこそ、この映画はできました。本当にありがとうございました。

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(西日本新聞、神戸新聞、北海道新聞、朝日新聞本社(大阪)、共同通信ほか、各社記者との質疑応答を経て閉幕)

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