『ユマニチュードに出会って』第8回 高橋夏子さん

家族介護者の体験談をご紹介します

認知症の家族の介護をする方にとって、コミュニケーションがとれなくなることは大きな葛藤です。いざ介護が始まり、意思疎通の難しさに直面したとき、ユマニチュードの考え方と技術を取り入れたことで、相手に寄り添う関わり方ができるようになったという声をご紹介します。

高橋夏子さん(東京都在住)

フリーランスの映像ディレクターとして、医療や環境、教育分野を中心にテレビ番組や映像制作を手がけ、本学会の設立当初から活動を撮影してくださっています。「介護のプロのためのもの」と思っていたユマニチュードが、家族の介護にも活かせることを知って実践してみたところ、お義母様との関係改善につながったという体験談を伺います。

子育ての偉大な協力者だったばあばに変化が

-子育てに多大なサポートをしてくれたお義母様の様子が、息子さんが小学校に入学した頃から「おや?」と思うことが増えたそうですね。

高橋夏子さん 実はその1年程前から、勘違いや計算ができなくなるといったことが始まっていました。「もしかして認知症?」「まさか認知症じゃないよね」の間で戸惑っていましたが、息子が小学校に入った年の夏休み頃から、義母とのコミュニケーションがうまくいかなくなり始めました。

映像ディレクターという仕事柄、締め切りに追われると夜も遅く、就業時間も不規則になりがち。そこで産休から復職したタイミングで、義母宅から徒歩7分の場所に引っ越し、義母にはたくさん助けてもらってなんとかやってきたのです。

これまでなら「今日は遅くなるからよろしくね」と3分の電話で通じていたのが、15分かかるように。義母もイライラしてきて、「じゃあ、私はどこに向かえばいいの!?」と怒り出すようなことが増えていったのです。


昼夜なく忙しい生活の中、
子育てをたくさん助けてくれた義母。

—はっきりと認知症ではないかと気づいたきっかけはあったのですか?

あるとき、ただならない様子で「すぐ来て欲しい」と電話がありました。駆けつけると、「電話が壊れた」と言うのです。私の番号は登録してあるのでワンプッシュでかけられるのですが、友達からの電話に折り返そうとしたら、かけ方がわからない。それを認めたくないからなのか、「壊れた」と。

さらにかかりつけ医に「ぼけているから検査を受けるように」と言われたと腹を立てているのですが、話があちこちに飛んで、あまりにも支離滅裂なのでで、思わず「ばあば、認知症なんじゃない?」と言ってしまったのです。

—そのひと言で関係が一変してしまったのですね。

認知症は“関わりの病”といわれています。認知機能が落ちても幸せに暮らしている人もいる。ではなぜ不幸になる人がいるのかといえば、関わり方がうまくいかないから。

私は「あなたは認知症だ」と面と向かって言ったために、義母を傷つけてしまった。それからは何を言っても、逆の意味にとられ、揚げ足をとられ、あることないこと攻撃されるようになりました。

ケーキを買っていったら投げつけられたり、街中で殴りかかられたりしたこともあります。この状態が3年ほど続いたのが、最もつらい時期でした。自分を守るために、顔を合わせなかった期間もあります。それくらい、人から嫌われ、よかれと思ってすることを全部否定されるのは、本当につらいことだと思いました。

「相手を否定しない」、その先がわからない

義母とは、息子が生まれる前は2人でお酒を飲むこともあったし、本当の母娘と間違われるくらい仲がよかったのです。信頼していたからこそ、私に八つ当たりしていたのでしょう。 義母の言うことには勘違いもあるけれど、悪意もあったと思います。5歳の子どものようにわがままを言う一方で、大人だから、どう言えば私が傷つくかもわかっている。「親がダメだから、お前もダメなのだ」と言ったり、攻撃したいという悪意の塊になっていました。

けれど、それまでの関わりの中で、それを抱かせてしまったのはおそらく私だと。関係性がうまくいかないから悪意が雪だるま式に膨れ上がって、にっちもさっちも行かない状況になっていました。

—当時はこうした出来事をどう受け止めていたのですか?

介護についての本をたくさん読みましたし、介護系のウェブサイトで、悩みを相談できるサービスを利用したこともあります。でも本には「相手を否定しない」と書かれていても、その先をどうすればいいかは書かれていないんですよね。

例えば、義母が「鍵を盗まれた」とやってきて、家をしっちゃかめっちゃかにして探そうとする。そこへ「鍵はここにはないよ」「誰も盗んでいないよ」と言っても火に油を注ぐばかり。いったいどこまで話を合わせたらいいのか、その術がいっこうにわかりませんでした。

お正月の後、神社のお焚き上げに家のゴミを持っていくといってきかず、後で夫に回収してもらったこともあります。とにかく、今どこの世界にいて、どの物語を生きているかがさっぱりわからない。こちらもどこまで合わせて演技しなきゃいけないの? 否定しないにしても限界があると感じていました。

相手をコントロールしようという思いを捨てて

—ユマニチュードとはどういうタイミングで出合いましたか?

本田先生が最初の本を出版した後、テレビの報道特集で取り上げられたのを見ましたし、メディア関係の知り合いから、すごいドクターがいて、フランスから導入して取り組んでいる魔法のケアがあるよ、と聞いていました。

でもその頃は、まだ介護も始まっておらず、ひとごとだったのです。実際に自分が認知症との付き合いで行き詰まったときも、自分でできるとは思わず、ずっと看護師さんや介護士さんのためのものだと思っていました。

いよいよ、つらくてどうしたらいいかわからなくなったとき、相談した同業のディレクターからユマニチュードは家族でも実践できると聞いて、ちょっとずつ真似事を始めました。「見る」「触れる」といっても正直、本を読んだだけではどうしたらいいかわからない。わからないながらも、義母が落ち着いているときに「マッサージしてあげようか」とニベアを塗ってあげたり、そばに近づいてから話す、聞くといった関わり方を、自分なりにやってみるようになりました。

—関わり方を自ら変えていったのですね。

「間違いを正さなきゃいけない」という義務感や、「正した方がいいに違いない」という思い込みを一切捨て去りました。認知症のある人がいる世界を完全には理解できないまでも、それはそれでいいんだと思えるようになってきたのです。

その頃には義母の体力も落ちて介護の支援を受けるようになり、常に噴火している状態から鎮静化して、関係性も少しずつよくなっていきました。


2018年、息子の11歳の誕生日に。
この頃から関係性が回復し始めた。

介護現場や家族の生の姿を記録する中、見えてきたこと

—日本ユマニチュード学会との仕事が始まったのはその頃でしょうか。

はい。本田先生(当学会代表理事 本田美和子)とジネスト先生(ユマニチュード考案者 イヴ・ジネスト氏)の対話や、介護現場の取り組みを撮影し、直に見聞きする中で「こんな関わりがあるんだ」と自分の心がころっと変わったのです。

まずは気持ちがラクになりました。介護現場の方も悩んでいる。皆大変なんだということがわかったからです。プロも壁にぶつかりながらやっている。そして簡単ではないけれど、ユマニチュードを知れば、プロでなくても誰でもできるようになるということも、目の当たりにしたのです。

義母とよく似た症状の奥様をケアする夫さんが、「最初はコミュニケーションがうまくいかず、心中も考えたくらいつらかった」と話すのを聞き、家族で追い込まれても、老老介護の方でも、ユマニチュードを実践すれば、超えていけるんだと。プロの場合と家族の場合、両方のリアルな体験を見たことは大きかったですね。

—プロでも壁にぶつかることがあると同時に、ユマニチュードを実践すれば、誰もがちゃんとコミュニケーションをとっていけるのだと。

皆さんの実践されている工夫も勉強になりました。新婚時代や、若く素敵な奥様の写真を集めてアルバムを作っている夫さんを真似て、息子の赤ちゃんの頃の写真を小さなアルバムにしたり。義母がイライラし始めたときに見せると「かわいいね」、と心がふわっとなるようなアイテムです。やっぱり孫は最強ですね。

—お義母様にも変化はあったのでしょうか?

その頃にはすっかり穏やかになりました。体力が落ちたせいもあったかもしれませんが、激昂しなくなりましたね。デイサービスでも、職員の方を「お姉さん」「お兄さん」と呼んで、時々面白いことを言って笑わせたりしていたようです。もともとサバサバした明るい性格で、コミュニケーション能力の高い人でしたから。

ただ体力が落ちた分、1日中こたつに入ってテレビを見るようになり、排泄ケアも必要に。ヘルパーさんの助けも借りながら、毎日義母宅へ通うようになりました。精神的には楽になりましたが、体力的にはしんどく、てんてこまいでした。

最終的には要介護3に認定され、持病の間質性肺炎のために在宅酸素療法を受けていましたが、通院が難しいため訪問診療の相談を始めた矢先、義母は急に亡くなりました。


2019年、最後に一緒に過ごしたクリスマス。
おばあちゃん子だった息子もよく手伝ってくれた。
孫がそばにいると、本当にうれしそうで元気になった義母。

不安のもとを理解することから

—介護の当事者でありつつ、撮影を通じ、さまざまな介護現場、ご家族の関わり方を目の当たりにした高橋さんですが、ユマニチュードをどのようなものと考えていますか?

一般的に認知症のある人は何もできない弱き人で、支援の対象者と考えられています。社会的に存在価値が認められなくなる、恐ろしい病という感覚が強いけれど、いやいや違うでしょ、と。認知症には誰でもなりうるし、関わり方さえ分かっていれば、気持ちの部分ではお互いに不幸になるわけではありませんから。

今思うと、義母はわからなくなっている自分のことをわかっていて、とても不安だったのだと思います。逸脱した行動をとってしまうのは、不安があるから。ジネスト先生、本田先生からは「理由はあるよ」「不安だよ」という言葉を何度も聞きました。

認知症だけでなく、発達障害や自閉症のある子どもの大変な行動の原因も、不安や心配に根付いていると考えられています。その行動のもとにある理由をちゃんとわかれば対応できるということを、技術と考え方の面で明示してくれているのがユマニチュード。そこは本当に希望であり、実際に役立つ情報だと思います。

—もし怒ったり、拒絶したりする人がいたら、普通は理由を慮(おもんぱか)ります。けれど、認知症の人の場合は、病気だからと拘束や投薬といった方向へ向かってしまう現状がありますね。

認知症のある人は視野が狭くなったり、感覚が過敏になっていたりする。認知症のある人の世界というのは、そういう見方、感じ方があるから不安になるし、その不安が逸脱した行動につながるということが、ユマニチュードでは可視化されています。

今、発達障害の人を対象にした取材も多いのですが、こういう感覚の違いがあるから不安、不穏、不快になってこの行動になる、という考え方は、ユマニチュードと全く同じですね。

— 病気として治療の対象とするほかに、知覚される世界が違うから反応が違ってくるという認識に変わり始めているのですね。

ある意味当たり前かもしれないけれど、言われないとわからない。そこを指し示してくれるのがユマニチュードの大きな点なのでしょうね。


2020年7月、ばあばに最後につくったおやつのおむすび。

(聞き手・松本あかね)

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