『ユマニチュードに出会って』第9回 弁護士 篠木潔さん(後編)

福祉の現場を支援する弁護士の取り組みを紹介します。

介護のケアにとどまらず、福祉の分野でもユマニチュードの考え方や技術を活かすことはできるのでしょうか。「セルフネグレクト」に取り組む福祉職を支援する弁護士、篠木潔さんの試みを紹介します。(聞き手・松本あかね)

篠木潔さん(福岡県在住)

弁護士法人翼・篠木法律事務所の代表弁護士(福岡県弁護士会所属)として、主に企業法務や医療・福祉関連業務に従事し、福岡県介護保険審査会長、福岡県社会福祉士会理事なども経験。法律事務所内に社会福祉士を雇用して共同で成年後見業務にあたるなど、法律とソーシャルワークの連携を実践しています。

(前編より続く)

独学からのスタート

-改めて篠木さんが、ユマニチュードを知ったきっかけを教えてください。

篠木潔さん 10年くらい前、NHKのテレビ番組でユマニチュードが特集されていたのを見たことが最初のきっかけです。ものすごく驚きました。ケアをあんなに拒んでいた人、歩けなかった人が、イヴ・ジネスト先生の手にかかるとあっという間に改善していくなんて。これって、私たち弁護士が依頼者を支援するときにも、使えるのではないかと興味を持ちました。

—依頼者ともっと繋がる方法はないかという問題意識を当時すでにお持ちだったのでしょうか。

はい。私は今年で弁護士26年目なのですが、私たちの世代の弁護士は、法学部を卒業して、あとは司法試験を勉強しただけなので、基本的にコミュニケーションというものを学んだことがないんですよ。しかも、依頼者に対しては、まずは法律の知識を介して話を進めていくので、日常会話と違って内容が難しくならざるを得ないのです。

このため私もよく叱られていました。「先生の話は理屈っぽくてわかりにくい」、「先生は早口だからわからない」(笑)。でもイヴ・ジネスト先生の話をテレビでお聞きして、論理や知識だけでなく、ユマニチュードを使ってあんなふうに変われるんだったら、僕もやってみたいと思ったのがきっかけでした。そして、現場の医療福祉関係の方もコミュニケーションというものを学んではどうかと思った次第です。

—その後はどのようにユマニチュードを学ばれたのですか?

2014年2月に上智大学で開催されたイヴ・ジネスト先生と本田先生の講演会を聴講し、その会場で販売されていたDVDで学びました。当時、福岡では研修は全く開催されていなかったので、本を買って読み込みました。実際に、先ほどお話ししました消費者被害に遭っても支援を拒否される認知症高齢者の事案をはじめ、私が成年後見人になっている認知症高齢者の方々とのコミュニケーションもうまくいくようになりました。

2023年には福岡市主催のユマニチュード家族介護者向け講座を受け、叔母の介護を手伝っていたときに試してみたら、認知症で見当識障害が出ていて私のことを全く忘れてしまっていた叔母が、途中で「あんた、潔くんね」と思い出してくれたという劇的な体験もしました。

—セルフネグレクトの支援に関する相談を受ける以前から、ユマニチュードを独学し、実践するという経験を積まれていたのですね。

はい。あくまでテレビやDVDや本で学んだ範囲でしかなかったのですが、試すとうまくいくので、うれしくなって実践しました。また、私はコロナ禍前には定期的にケアマネージャーを対象に無償の勉強会を開いていたのですが、そこでDVDを見たり、私が本を読んで学んだユマニチュードの情報を伝えたりし、皆で研究しました。一度伝えると、皆さんが感動して、患者や利用者さんのために自分で走り出すのです。なので、医療福祉職は本当に素晴らしい専門職だなあと思いました。


「ケアマネゼミ・チーム篠木」の勉強会風景。約20名の小さな勉強会ですが、介護におけるさまざまな問題や法的課題について皆で勉強し、講演会なども実施しました。

—私たちは、支援に対して拒否が強ければ強いほど、相手側に問題があると思ってしまいがちです。こちら側にも伝え方に問題があるかもしれないと気づくのはなかなか難しい。法律家である篠木さんにとって、ユマニチュードを具体的なスキルとして知ったことが、実践の原動力になったのでしょうか。

そうですね。ご自身の生命や健康や財産を守るために必要不可欠である場合は、つい「病院に行ってください」「これをしないともっとひどくなりますよ」と言いたくなりますが、簡単に言ってはいけないのかもしれません。「正しいことは人を傷つける」ことがありますからね。

こちら側がまずはステップを踏んで、相手が少し心開いて話をしてくれるようになったら、こちらの意図と相手の気持ちがもつれているところを探し出して、ゆっくりほぐしていくことができます。そういう人間関係を築く一つのスキルとして、ユマニチュードは役立つということだと思います。“正しいこと”、すなわち、ご本人に今必要なことは、ユマニチュードのステップを踏んだ後に言うと、うまくいくことが多く、ユマニチュードと出合うことができて本当によかったと思っています。

法律家とユマニチュード

—支援者からすると、法的責任の問題もあったと思いますが、本人の意思の尊重との兼ね合いでも悩んだ部分があったのではないかと思います。医療者の立場では、命に関わる場合は踏み込まなければいけないという考え方もあると聞きました。

そうです。医療者の使命が患者の命や健康を守ることにあるので当然ですよね。ところが一方で法律家である弁護士の中には、判断能力の落ちていない本人が、「必要ない。嫌だ。」と言うのなら、そこまでしなくていい、むしろ本人の意思を尊重すべきだという考えの人も多いのです。むしろ意思に反して支援を行うことは自己決定権の侵害、すなわち人権侵害になるのではないかと危惧する意見もあります。

このように、医療者と法律家で感覚が違うと、支援の現場で意見が対立して支援が進まないという事態になりかねません。でも、よく考えてみると、結局のところ、セルフネグレクトのご本人が「いいよ」と支援を受け入れてくれればいいわけです。対立もなく支援も進んでご本人の生命をはじめとする権利を擁護することもでき、これが理想的な解決です。

そこで、その合意に至るために、支援者と相手の橋渡しをしてくれるのがユマニチュードをはじめとする具体的な「スキル」だと思います。スキルさえ身につけておけば、本人の嫌がる気持ちをほぐすことができるわけで、嫌がっているのに支援を強いることがなくなります。そしてご本人の命や健康や財産を守ることもできます。ということは、「スキル」というものが、権利や人権を守る有効かつ大きな手段だと言えると思います。言い換えると、「権利擁護のスキルとしての価値」ということができます。

私たち弁護士は抽象論ではなく、具体的な支援方法をアドバイスできなければ、権利擁護という弁護士本来の役割を果たすことができません。しかし、ユマニチュードはその具体的な方法を私たち法律家にも教えてくれているので、可能性は大きいです。

ユマニチュードは基本的には介護ケアのスキルとして構成されているけれど、その哲学や体系から考えると、介護ケアのスキルを超えて、権利擁護としての役割はもちろん、社会全般にもっと広い役割と機能が期待できるのではないかという点に着目しています。

—本人の人権を考えた場合、健康、命を守ることももちろんだけれど、自己決定の尊重という視点を失わないことも同じように大切で、そのための具体的なスキルを含めたアドバイスが必要とお考えなのですね。

はい、そのとおりです。イヴ・ジネスト先生も、患者さんが拒否することを認められていますね。無理矢理にはしないというのがユマニチュードの思想ですから。

私たち法律家は「拒否する権利」というように、つい「権利」という言葉を使ってしまいますが、先生ならおそらく「拒否することはあたりまえの人間性」とおっしゃるかもしれません。本人を同じ人間として尊重するという立場でいらっしゃると思います。そしてそれをほったらかしにするのではなく、次にどうするかという使命感がユマニチュードを作り上げていったのではないでしょうか。

—自立して最後まで人間らしく生きるという思想ですね。

はい。ユマニチュードの技術『4つの柱』のうち『立つ』は、ケアの側面としては物理的に立つことが念頭に置かれていますが、実は精神的に「自立」するということでもあるのかなと思っています。ゴミ屋敷に住んで支援を拒否する、そのことが果たして自立になっているのかどうか。実はそれが嫌なのに、片付ける方法を知らないだけかもしれない。支援を求める力を失ってしまっている方もいらっしゃると思います。それって決して自立しているとはいえませんよね。

「自立ってなんぞや」という話になるかもしれませんが、おそらく人間性とは何かといえば、人と話し合ったり、人の助けを求めたりすることができるということも、そうなのではないでしょうか。そうやって人間社会はできていますから。

—本人の意思を尊重しながら、どうしたら人間らしい生活を営めるようになるか。どうしたら拒否という形ではなく、適切な自己決定をしてもらえるか。それにいたるまでのサポートをすることで、法的な懸念もなくなるし、最終的にその人の権利擁護も叶うということでしょうか。

はい。世の中には、例えば、今までは治療や介護を受け入れていたけれど、途中で拒否する人もたくさんいらっしゃるわけです。必要な治療や介護の一部を拒否される方も少なくありません。それをそもそも全部嫌という人たちがセルフネグレクト事案の中には多く存在し、その方たちは困難事案の最たる当事者とも言えます。だから、セルフネグレクトの支援ができる人は、ある意味ほとんどの事案の支援ができるはずです。そのくらい究極の事例だと思います。

ある自治体では、支援が進まない困難事例として挙げられている事例の約52%が支援拒否だったことが判明し、その支援のためのガイドライン作りに乗り出した例もあります。やりがいがあるといったら少し語弊があるかもしれませんが、取り組む大きな価値があることだと思います。

私自身は弁護士ゆえ、クライアントから依頼があって初めて仕事をすることになるので、最前線でセルフネグレクト事案に遭遇する専門職ではありません。しかし、ユマニチュードの存在やスキルを伝えることで、支援者の方への支援、つまり後方支援ができるのではないかと考えています。そして、先ほど保佐申立を拒んでおられた女性の例から分かるように、弁護士も、個々の事案の解決のため、権利擁護の手段となり得るユマニチュードを学ぶことはとても有益だと思うのです。

“支援者への支援”を目指して

—今後は、研修会やシンポジウムを開催される予定とお聞きしています。

今年(2024年)2月に、私が所属する福岡県弁護士会と、九州の各弁護士会で構成する九州弁護士会連合会との共催で、シンポジウム「セルフネグレクト~支援を拒否する人への支援を考える」を開催しました。そこでは、保健師としてのご経験を持つセルフネグレクト研究の第一人者の先生の基調講演や各専門職の方とのパネルディスカッション、そして福岡市の地域包括支援センターと障害者基幹相談支援センターの協力を得て実施した「繋がるヒントを見つけるためのアンケート」調査の報告を行いました。

この報告はセルフネグレクト事案の多くの成功事例を集め、それらの事例を要約するとともに、そこから抽出できた「支援に繋がるアプローチ方法(スキルやヒントや心構え)」や「現場の悩み」を報告するものでした。すると、そのシンポジウムの事後アンケートでは、支援のための具体的な方法やスキルをもっと知りたいという要望が一番多かったのです。

そこで私の発案で、弁護士によるセルフネグレクト支援の後方支援の第2弾として、今年11月に福岡県弁護士会主催で、セルフネグレクト支援のアプローチ法やスキルを中心とした研修を実施します。準備が間に合えば、ユマニチュードがセルフネグレクトの方々とのコミュニケーションに役立つということもお伝えしたいと思っています。

現時点ではまだセルフネグレクトの現場でユマニチュードの具体的な応用方法ができ上がっているわけではありませんが、イヴ・ジネスト先生のおっしゃる「自立を促す技法」とそれを生み出した哲学体系は、必ず応用ができるものと確信しています。

そして、権利擁護のスキルとして、ユマニチュードを知ってもらうことによって、医療福祉関係者や介護の必要な市民だけでなく、自治体や企業、そして社会全体にユマニチュードを広めたいです。わが国では家族などの養護者による高齢者虐待が年間約17,000件程度発生しているのですが、その原因の第2位は「虐待者の「介護疲れ・介護ストレス」です。しかし、介護をする家族の方々にユマニチュードを普及させることに成功すれば、介護者による虐待が減少することが考えられます。これもユマニチュードの権利擁護としての側面です。

今後ユマニチュードからどんな展開が飛び出すのか、世の中の「支援の必要な方々」と「それを支援する方々」に対して、きっとすごいことができるんじゃないかと期待しています。そして、私自身は、「ユマニチュードの権利擁護としての側面とその価値」を多くの方々に伝えていきたいです。

後日談

本インタビューの後、篠木さんとイヴ・ジネスト先生が直接お会いする機会がありました。

篠木潔さん ユマニチュードをセルフネグレクト支援に活用することについて、zoomミーティングで本田美和子先生にご相談した際、私はジネスト先生のお考えと異なってはいけないと思い、その点について本田先生にお尋ねしました。すると、私の考えをジネスト先生に直接お話しされてみませんかと言われ、その場を設けてくださいました。

そしてなんと、私の地元福岡の鉄板焼屋さんで、3人で会食することになったのです。さすがの強心臓の私も、本田先生と直接お会いするのは初めてですし、ジネスト先生ご本人とのお食事会ですので、数日前から非常に緊張しました。ところが、お会いしてみると、ジネスト先生の包み込むようなコミュニケーションのお蔭であっという間に緊張がほぐれ、様々なお話をすることができました。

ユマニチュードをセルフネグレクト支援に活用することやユマニチュードの権利擁護としての側面にも大賛成してくださいました。お話をお聞きすると、ユマニチュードは人間の尊厳を基本とし、もともと人権をも念頭に置いたものだということでした。そして技法だけではなくユマニチュード哲学も重要だとおっしゃり、いろいろと教えてくださいました。

私はスキルとしてのユマニチュードに着目しすぎて、本当の意味でのユマニチュードをしっかり理解していなかったことを恥じました。そして、まだ知らない150の技法や哲学も含めて、ユマニチュードを改めて本格的に学びたいと思いました。そこで、酔いの勢いで弁護士向けのユマニチュード研修をしていただくようお願いし、本田先生に実施していただくことになりました。これは日本で初めての弁護士に対するユマニチュード研修となります。

余談ですが、ジネスト先生は日本酒の辛口がお好きとのことで、大変驚きました。そして最後には、私が持参していた先生のご著書にサインまでいただきまして(笑)、私はユマニチュードを多くの人に伝える決意を新たにした次第です。


左から本田美和子先生、イヴ・ジネスト先生、篠木潔さん。福岡の鉄板焼屋さんにて。

おわり

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