『ユマニチュードに出会って』 第5回 高野勢子さん(前編)

家族介護者の体験談をご紹介します

ユマニチュードはご家族の介護をしていらっしゃる方にも役に立ちます。ご自宅での介護がうまくいかずに困っているときにユマニチュードと出会い、再びご家族との良い時間を過ごせることになった方々が多くいらっしゃいます。本学会の本田美和子代表理事がそうした皆さまを訪ね、ユマニチュードを実践した体験と感想をお伺いしました。

高野勢子さん

第5回にご登場いただくのはフランス語通訳者の高野勢子さんです。勢子さんとは、ジネスト先生、マレスコッティ先生が2012年に初めて日本にいらしたときに通訳をお願いしたご縁で知り合い、以来ずっと力を貸していただいています。お仕事を通じてユマニチュードに繰り返し触れていたことが、ご家族の介護にとても役立っているとおっしゃる勢子さん。ユマニチュードを実際にどう活かしていらっしゃるかお伺いしました。

本田美和子・代表理事 勢子さんとはもう丸9年のお付き合いになります。通訳を探しているときに、美しい日本語で説得力のある通訳をしていらっしゃる方をたまたまYouTubeで見つけて、それが勢子さんでした。当時、ユマニチュードを日本に紹介するに当たり、ユマニチュードで使われているフランス語の専門用語を日本語にするにはどうすればいいかについても、勢子さんの力をお借りすることができ、とてもありがたかったです。

せっかくの機会ですので、まずはユマニチュードの通訳をするに当たって、勢子さんが最初、どんなふうにユマニチュードについて感じられたか教えていただけますか。

高野勢子さん(以下、勢子さん)  通訳というよりは、その内容についてなのですが、今まであまり聞いたことがないお話で、ジネスト先生の話もすごく上手で引き込まれました。ユマニチュードは人と人を繋げてくれるということを実際の事例を通して話されて、そして認知症という大変な状況にどうやって対応していくかという話は本当に面白くて、最初2~3回通訳をしたときには「もう私の一生でやりたかったのはこれだ」と感じたほどです。

それと話がすごくポジティブですよね。高齢というだけでもネガティブに思えるし、さらに認知症だという状況はやっぱり誰もがネガティブに考えがちなのに、すごくポジティブに捉えていて。そして、さらにこういうふうに対処すればポジティブになるんだ、ということを教えてくれるという意味では本当に目から鱗という感じでした。

本田 ジネスト先生のお話は本当に楽しいですよね。今回、このインタビューを受けてくださったのは、勢子さんご自身のご家族にユマニチュードが役立ったからとお伺いしました。

勢子さん このお話を頂いて最初に思い浮かんだことは「お陰様で私はユマニチュードを2012年から知っていた」ということでした。義理の母が認知症になったのですが、そうなる前から家族としてユマニチュードを知っていたというのは、すごく良かったなと思うんです。というのは、今も言ったように認知症ってみんなの頭の中ではネガティブなものなんです。ネガティブなことしか思い浮かばない。

本田 「なっちゃったらおしまい」みたいな感じですね。

勢子さん そうです。義母は転んで頭を打って、7針縫うぐらいの怪我をしたことがきっかけで認知症になってしまったんです。だから突然だったわけですが、そのときの義理の兄の反応が「これで私たちの人生はおしまいだ」と言うんですよ。「兄弟の関係もこれで終わりだ。兄弟仲は悪くなる一方だ」と言って、私はそれを聞いてすごくびっくりしたんです。

それまでユマニチュードの研修の通訳をやっていると、認知症の人からはプレゼントをたくさんもらうんだという話をジネスト先生はされていて、認知症の人や高齢者の人と接することでいろいろもらうものがあって、そこに絆ができるんだという話をずっと聞いていたので、兄の反応にびっくりしちゃって(笑)。

私は幸いそう感じなくて済んだので、兄に「いや、そんなことはないと思うよ」と「そこまで悲観することはないんじゃないの」と言いました。できないこと、できなくなることはたくさんあるだろうけれども「お料理とかお掃除とかは人に頼んで、あとは普通に接していればいいんだよ」と言いました。

それと、母が認知症になって分かったことですが、何回も繰り返しユマニチュードを聞くというのはすごく大切なことだなと思いました。「ちょっと1回だけ」ではなく、同じ内容だと思っても、何回も聞くことによって身に付くということを本当に感じています。

本田 それはどういうことから感じられたのですか。

勢子さん 勘違いしがちですが、ユマニチュードってマニュアルじゃないんですよね。例えば「5つのステップ」をやればそれでおしまいというのではないと思います。私は現在自分の父の介護をしているのですが、ユマニチュードは本人を、つまりこの場合父をすごく観察して、それで彼がどういう反応をするかとか、どういうふうに彼に対応すれば応えてくれるかというのを「自分で考えましょう」という「考え方」を教えてくれるものです。だから、その人それぞれによって違う。

その「考え方」というのは、やっぱりすぐには分からないと思います。私たちはそうした「考え方」を習ったこともないし、そんな話を聞いたこともないですから。そういう意味ではユマニチュード研修を何回も何回も受ける、そしていろいろな事例を見ていろいろな体験をすることによって、どうしたらこちらが適応できるかということを学んでいく、そういうものだと思うんです。

だから、私は事前にユマニチュードを知っていて、それも、何回も何回も繰り返し研修の通訳の機会をいただき、それを通じて見ることができたというのは、すごく大きかった、得だったなと思います。

本田 良かったです。お兄さまには「こうやれば」という提案をなさったのですか。

勢子さん やっぱり「こういうふうにしましょう」と言ってもなかなか上手くはいかなくて。以前は義母はすごくしっかりした人で、記憶力も良くて何でも自分でできた人だったので、義兄にはやっぱりショックもあったようで、母が何かできないと怒るみたいなんです。

本田 お母さまの状況を受け入れられなかったのですね。

勢子さん そうなんです。受け入れられないんですよね。だから「お前は認知症でもう何もできないんだから、あっちへ行っていてくれ」とか言うわけです。兄にしてみれば「母はもう認知症になった」イコール「何もできない、だから僕が全部やるからあっちへ行っていてくれ」という感じなんですけれども。

本田 「やってあげるから、いいよ」とおっしゃる、優しい配慮からの言葉ですね。

勢子さん 優しい気持ちで言っているんだけれども、それでお母さんは泣いちゃって、部屋にこもって出てこなかったという話を聞いて、それは駄目だよという話をして。なかなか「こうしたらいいよ」というのも難しいです。

義姉もいて、トイレでお母さんの体を動かすことができないと言うから、お母さんよりも姉のほうが大きいから「軽く抱くようにして持ち上げて、自分が回ればいいんだよ」とかいう話をして、そうしたらできるようになったんですけれど。そういうふうに少しずつやっていくしかありません。

本田 他に具体的に工夫なさったことはありますか。

勢子さん ジネスト先生が「いつも相手を見て、とにかく観察をしなさい。観察して相手ができることはやってもらいましょう」とおっしゃっていたから、私はうちの夫と一緒に、お母さんはできないこともあるけれども、できることもいろいろあるから、いろいろ実験してみたんです。

それで、母はお料理が好きだったから、お米を炊いてもらおうと思いましたが「ご飯をつくってください」と言っても、その5分後には忘れちゃうわけです。それで、紙に「お米を炊いてください。おかずはこちらでつくります」と書いておいたら、お母さんはお米を炊くことができたんです。だから、できることって結構あります。

だけれども、それで失敗したのは、その紙をそのまま残して、お食事した後でみんな帰ってしまったんです。そうしたら翌日、またその紙を見て、お母さんはお米を炊いたんです。それが腐って数日後に発見されて(笑)。だから、書いてあれば、記憶はないけれども、次の日もちゃんと見て分かるんだということも分かりました。

本田 すごい発見ですね。他にも実験したことはありますか。

勢子さん あと実験したのは、ジネスト先生が「記憶としては残らないけれども、ポジティブなことを言う、あるいはそういう体験をすると感情記憶に刻まれる」という話を何回もおっしゃっていて、たまたま私の弟に子どもが生まれたので、「これはポジティブだ」と思い、お母さんに「弟に子どもが生まれたんです、男の子なんですよ」「かわいいですよ」と伝えたんです。そうしたらすごく嬉しそうな顔をして、「名前は?」と聞かれたので「リュウノスケというんです」と答えました。

もちろん5分後には忘れてるわけですよね。そうすると、5分後にもう1回同じことを伝えるんです。これはフランス語の単語を覚えるコツと同じなのですが、時間を置いてもう一度覚え直す。何回も何回もそれをやると記憶に刻まれるという話なのですが、何回ぐらいやれば、たとえ短期記憶がない人でも覚えられるのかなと思って、その日は5分ごとに20回繰り返しました。

ユマニチュードの事例に、認知症の方が何回も何回も同じことを繰り返すからこっちが嫌になっちゃう、という話があったんですけれども、それを逆手に取って、何回も何回も同じことをこちらから言ってみました。そうすると、そのたびに新鮮な喜びがお母さんにはあるんですね。

5分後に同じ「弟に子どもが生まれたんですよ」と言ったら「そうなの? それは良かったわね」と言う。「名前は?」と言うから「リュウノスケというんですよ」と言って、それを20回繰り返して、また次の週に行ったときに20回やって合計60回ぐらいやってみました。

そうしたら、あるとき兄から「勢子の弟に子どもが生まれたの?」と聞かれたんです。「そうだよ。誰から聞いたの?」と聞いたら「母が言ってた」と。「この話は本当なの?」と兄が言うので、「本当だよ。だから認知症になっても全然何にもできなくなるわけじゃないよ」と兄に言いました。

楽しいことは何とか覚えられる、少なくとも感情記憶に入ることが実験して分かりましたし、観察しているうちに、記憶力がなくなってしまったというのは本人も気が付いて、それが落ち込む要因にもなると分かりました。

一方で、人間の頭って、記憶以外の機能が残っていれば、他の脳の部分を使って状況を切り抜ける力というのは割とあるように感じます。お母さんも、記憶できない部分を割とうまくごまかして話をすることができるようになっていて。だから、そんなに悲観する必要はないと感じます。

本田 それはすごく面白いですね。その後、お母さまはどんなご様子でしたか。

勢子さん 認知症と診断されてからなるべく早い段階で対応する、早くデイサービスに連れていったり、歩かせることもすごく重要だとユマニチュードでよく聞いていたので、なるべく普通の生活を続けてもらうようにしました。もちろんヘルパーさんに来てもらったりするんですけれども、そのお陰で落ち着いた感じで推移しました。

しばらくしたら「これで人生は終わりだ。兄弟の仲はこれでおしまいだ」とか言っていた兄も「まあ、年相応だよな」とか言っていて(笑)。それで良かったなと思います。

本田 良かったです。ご家族が「人生の終わりだ」みたいになっちゃうと本当に介護を受けている方もつらくて大変になると思うんです。「これでいいんじゃない?」みたいにお兄さまが変わられたのは勢子さんのお陰ですね。

勢子さん 分からないですけれど、ユマニチュードの家族向けのビデオには私も登場させていただいていたので(※)、それをお兄さんのお嫁さんには見てもらったりしました。あんまり感想はなかったんですけれども少しは役に立ったんじゃないかと思います。

家族が認知症になると「大変でしょうがない」「大変でこっち(介護する側)が参っちゃう」みたいなイメージになってしまいますが、実際にはユマニチュードのアプローチをすればそこまで大変ではなくて、お風呂にも入れられるし、素直にこちらの言うことをいろいろ聞いてくれることも分かりました。義母の後、今度は義父がパーキンソン病と診断されましたが、そのときも役立ちました。

さらに今度は、自分の両親の介護をするに当たって、認知症になりかけた時点でユマニチュードのアプローチで観察をするとか、話しかけるとかすると、すごくスムーズに事が運ぶので、これは介護をしている人にはすごく楽ちんだな、楽に介護ができると実感しています。

(※ YouTubeで公開しているユマニチュードの教育映像で、勢子さんは介護がうまくいかずに困っている娘さんの役を演じてくださっています。

後編に続きます。

(構成・木村環)

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