『ユマニチュードに出会って』 第1回 坂登美子さん(前編)

家族介護者の体験談をご紹介します

ユマニチュードはご家族の介護をしていらっしゃる方にも役に立ちます。ご自宅での介護がうまくいかずに困っているときにユマニチュードと出会い、再びご家族との良い時間を過ごせることになった方々が多くいらっしゃいます。本学会の本田美和子代表理事がそうした皆さまを訪ね、ユマニチュードを実践した体験と感想をお伺いしました。

坂登美子さん

第1回に登場していただくのは、岐阜県の坂登美子さんです。
NHKの情報番組「あさイチ」に寄せてくださったお母さまの介護についてのお困りごとがきっかけで、ユマニチュード考案者のイヴ・ジネスト先生と一緒にご自宅にお伺いしました。アルツハイマー型認知症のお母さまとの生活でお困りになっていた坂さんに、ユマニチュードの基本的な考え方と技術をお伝えしました。番組では1週間後に見違えるような変化が生まれていて、坂さんもとても喜んでくださっていることが紹介され、とてもうれしく思いました。今回はユマニチュードの市民公開講座があることを新聞で知って妹さんとご一緒に聞きに来てくださいました。3年ぶりにお会いできたことが今回のインタビューにつながりました。

本田 まず「あさイチ」にご出演されることになった経緯をお聞かせいただけますか。

坂さん 「あさイチ」は母がデイサービス施設に行っているとき、ひとりで家事をしながらよく見ていた番組なのですが、2016年の1月でしたか、ホームページに認知症に関するアンケートがあり書き込んだことがきっかけで声を掛けて貰いました。当時、認知症の母への接し方をどうしたらいいのか分からなくて、誰に聞いても具体的な方法を教えて貰えずに困っていたので、「私どうしたらいいんでしょう」という思いを藁にもすがるような気持ちでものすごくいっぱい書いて送ったんです。番組のディレクターの方から電話をいただいたときは、詐欺ではないかと思ったくらい驚きました。(笑)

本田 ユマニチュードはすでにご存知だったのですか。

坂さん はい、その前に別のテレビ番組で紹介されているのを見て、「私のときにはユマニチュードでケアして欲しいな」と思ったんですが、医療従事者しかその方法を教えて貰えないと勝手に思い込んでいて。「あさイチ」への出演は、母のそのときの状況や私が離職したことなど、家の実態がご近所に露わになってしまうというリスクも感じましたが、その恥ずかしさよりも自分が知りたいことを教えて欲しいという気持ちの方が大きくてお引き受けしました。

本田 そうでしたか。お母様の介護のために、仕事をお辞めになったのだそうですね。

坂さん そうなんです。テレビの操作が難しくなったり、「財布がない」と言っては何十個も新しいものを買ったり、2010年の年末ごろには母を一人で置いて出かけられない状態になりました。私自身も、母が認知症かもしれないという現実を受け止められず、でも実際に何をどうしたらいいかも分からずに混乱していました。友人に言われてまずは病院で診断書を出してもらい、役場に介護認定の申請をしデイサービスに通えるようになったのですが、しばらくは現実を現実として受け止められず、ただ「怖い」とだけ思って、認知症に関わる情報にも触れられずにいました。「あさイチ」のアンケートに答えたときはようやく現実を見られるようになってきたころでした。今から考えると、あれだけ母と離れずにいたら両方ともおかしくなると分かります。

本田 そうだったんですね。ジネスト先生に会われて第一印象はいかがでしたか。

坂さん 自分が知りたいと思っていることの考案者の方に来ていただけるなんて、と舞い上がっていました。魔法をかけたように母の様子が穏やかになるのが分かり、魔法使いだと思いました。

ワンポイント・アドバイス

認知症では、脳細胞の変化によって、記憶の障害や時間や場所が分からなくなるなどの症状がおこります。「あさイチ」では、坂さんのお母さまが、薬を飲んだことをすぐに忘れてしまったり、昔住んでいたご実家の汲み取り式のトイレのことを気にされて何度も繰り返し尋ねる様子が紹介されました。

ユマニチュードでは、そのような状況の解決策として、記憶のしくみや認知症の特徴に合わせた対応を提案しています。ジネスト先生は、お母さまの話を頭ごなしに否定するのではなく、その話に関連している別のことへと話題を転換させること、お母さまの好きなもの、昔好きだったものに話題を変えたり、近い距離で視線を合わせて優しく触れながら会話を行うようアドバイスしました。

本田 1週間後に番組スタッフがお伺いしたときに、まず、いろいろなことが変わったとおっしゃっていらっしゃいましたね。ジネスト先生がお伝えしたことをやってみて、いかがでしたか?


坂さん(左)と本田代表理事(右)

坂さん 私自身が楽になるためにも、母が穏やかでいてくれることが一番でしたから「あの魔法をどうやったら私もかけられるのかな」と思いながら必死で実践しました。ユマニチュードを教えてもらう前は、母に何度も同じことを聞かれるとイライラしてキツく責めるような言葉遣いになったり、母を黙らせようと言葉に言葉を被せたりしていました。それが逆効果だったとよく分かりました。時にはカッとしてユマニチュードを忘れてしまうこともあったのですが、「あ、これは違うな」と思い直したりして、少しずつ出来るようになりました。

本田 1週間後に伺ったときは、お母さまが、坂さんの子供のころの記憶なのか、しきりにお子さんのことを心配されていらっしゃいました。坂さんはそれを、雛祭りの飾りがついているケーキのことに話題を変えて、とてもお上手でした。

坂さん とにかく必死でしたから。最初はとにかく話題を探さなければ、何を言えばいいのかと思っていましたけれど、段々と言葉が出てくるように、見たままで言えるようになって来ました。他に褒めるところがないので「お母さんの膝が可愛い」とか言ったりして。

本田 お母さまのことをよく見ていらっしゃるからこその言葉だと思いました。すばらしかったです。

坂さん 体を優しく触るというのも勉強になりました。イライラして来ると強く触ってしまうんですよね。優しく背筋や体を触ったら、いかに穏やかになるかということが分かりました。私の場合は正式にユマニチュードの研修を受けたわけではないので我流になっていたかとは思いますが。

本田 ユマニチュードにはたくさんの技術がありますが、たくさん使わなければユマニチュードのケアができないわけではないんです。たとえば、触れることをやってみただけでもこのようにお母さまが変わったことを実感していただけて、とてもうれしいです。ご自宅で介護をしていらっしゃる方々にどのようにユマニチュードの考え方や技術をわかりやすくお伝えしていけば良いかを考えていきたいと思っています。

坂さん 月に一度母を病院に連れて行くときが家の外でユマニチュードを実践する良いタイミングだったんですが、病院での私たちの様子を見ていた方が「あのお母さまは娘さんにもの凄く大事にされて幸せだね」と話していたと近所の方が教えてくれて、とても嬉しくなりました。自分では毎日のことなので、きちんと出来ているかどうか分からないのだけど、私なりに一生懸命にやっていることが客観的に他の人にそう見えているのは嬉しかったですね。

本田 それは素晴らしいですね。

※坂さんへのインタビューは後編に続きます。

(構成・木村環)

前のページに戻る