『ユマニチュードに出会って』 第2回 片倉美佐子さん(前編)

家族介護者の体験談をご紹介します

ユマニチュードはご家族の介護をしていらっしゃる方にも役に立ちます。ご自宅での介護がうまくいかずに困っているときにユマニチュードと出会い、再びご家族との良い時間を過ごせることになった方々が多くいらっしゃいます。本学会の本田美和子代表理事がそうした皆さまを訪ね、ユマニチュードを実践した体験と感想をお伺いしました。

片倉美佐子さん

片倉さんは福岡市が開催している市民向けの講座でユマニチュードを学び、認知症のお母様との暮らしに役立てていらっしゃいます。3月15日に行いました本学会の第1回会員ミーティングでゲストとしてユマニチュード実践の貴重な体験談を語っていただきましたが、さらに詳しいお話をご紹介します。

※第1回会員ミーティングの模様は会員限定で配信中です。

本田 ユマニチュードのことは福岡市の講座で初めてお知りになったそうですが、ご参加くださったのはお母様の介護で何かお困りなったことがあったのでしょうか。

片倉さん はい、2016年の12月の市政だよりで講座があると知り、申し込んだのがきっかけです。これまで認知症について学ぶという講習に参加したことはあったのですが、介護の仕方を具体的に教えてくれるところはなかなかなく、母の介護はこれでいいのだろうかと常々思っていましたので良い機会だと思い参加しました。

本田 お母様の介護をお始めになったのはいつ頃ですか。

片倉さん 実際に認知症という診断を受けたのは2007年なのですが、母の行動がおかしいと思い始めたのはもう20年近く前です。買い物に出て帰り道が分からなくなって歩き回ったり、食事の時もたくさんのおかずがあるのに一品だけをずっと食べ続けたり、それまでとは違う行動が増えました。父に対しての猜疑心も強くなり、父の行動を極端に制限するようにもなりました。とは言え、私は朝の7時に家を出て夜も7時過ぎまで仕事という日々でしたから、父がなるべく母に寄り添い、私も出来る範囲で一緒に過ごすという感じでいました。

本田 認知症と診断されたのはいつ頃でしょうか。

片倉さん 症状が出始めて5年後に脳の問題ではないかと思うようになり、ようやく脳神経外科を受診したのですが、その時は多発性脳梗塞という診断で認知症についての言及はなく、全く問題は解決しませんでした。翌年、もう一度受診して、ようやく認知症という診断を受け投薬が始まりました。母は父と一緒にいると比較的穏やかでそれまでと変わりない様子でいてくれたのですが、父が癌を患い他界し、私とふたり暮らしになってからは大変な状態になりました。仕事帰りに電話を入れるなど少しでも母に寄り添う工夫はしていたのですが、母の不安は増すばかりでいつも険しい顔をしていて。帰宅すると家中が散らかっていて「財布がない」と騒ぐこともあり、私も母の妄想で疑われることがやる瀬なく、かなり感情的に母に接していたと思います。

本田 それは大変でしたね。公的な援助はご利用になりましたか。

片倉さん 徘徊もあり、半年後にはさすがにこの状態を続けるのは難しいと思い、介護認定を受けてデイサービスを利用することにしました。ただ母に合うところがなかなか見つからず、3カ所ほど見学したのちに、今もお世話になっている今津赤十字病院(福岡市)の認知症のデイケアにたどり着きました。週に3回のデイケアに隣接する特別養護老人ホームのデイサービス、ヘルパーの訪問を段階的に増やして、仕事と介護を両立できるようになりました。担当してくれた係長さんとの出会いが私には本当にありがたく、そうしたケアの専門家の存在に本当に助けられました。


第1回会員ミーティングの様子

本田 具体的にどのようなことがお役に立ったのでしょうか。

片倉さん 認知症の人に話すときは「情報を一つに絞る」などの対応の仕方を教えていただいたことが役立ちましたし、何よりも困った時に相談できる相手がいるということで精神的に楽になりました。デイケアでの勉強会や家族会への参加も薦められて、認知症を知ることで前向きに母と向き合えるようになったと思います。介護だけの生活にならないようにと気分転換を兼ねて母と旅行もするようになりました。台湾に3泊4日で出かけたり、母の故郷の徳島や若い頃に住み込みで働いていた京都など3年間に合わせて12回、一緒に旅を楽しみました。

本田 それは素晴らしいですね。旅先は慣れない環境になりますがお母様は落ち着いていらっしゃりましたか?

片倉さん なるべく多く声を掛けて母の不安を取り除くようにして、ほとんどの旅では落ち着いていたのですが、2回だけ不穏の症状が出てしまったことがありました。親戚と一緒の旅行のときと初孫誕生の会食のときでしたが、私が親戚との付き合いを優先させて母への気遣いを二の次にしてしまったためだと思います。

本田 そうでしたか。

片倉さん 他にも失敗がありました。一人のときに寂しくないようにと思い母の好きなセキセイインコを飼い、ノートに餌やりのことなどを細かく書いて世話を頼んだのですが、どうやらそれが母にはストレスとなってしまったようです。夜間に母が徘徊する事態となってしまい、この時は離れて暮らす息子夫婦も駆けつける騒ぎとなりました。また鍼治療が認知症の進行を抑えるのに良いと聞いて受けさせたのですが、母はその後ずっと硬い表情で無言となり、床についてからも泣いていました。デイケアの係長さんから「嫌な感情はいつまでも残るので、本人の嫌がることはしないように」と言われ、自分の思いだけで母に物事を強要していたことにハッとしました。

本田 介護をする方が良かれと思ってやっていることが、介護を受ける方にとっては受け入れられないということはよくあるのですよね。会員ミーティングでジネスト先生も話していらっしゃいましたが、ユマニチュードは相手にあなたのことを大切に思っているんですよ、という気持ちの「届け方」を伝えるために作られたものなのです。

片倉さん それはユマニチュードを学んでよく分かりました。今は母に何かをさせようとするのでなく、「一緒にしよう」と思うようになりました。何でも声を掛けながら、ゆっくりゆっくり時間をかけるように心がけています。

ワンポイント・アドバイス

ご自宅でご家族の介護をされていらっしゃる方々は、ケアの専門家とは違い、いきなり介護をしなければならない状況となり、しかもいつ終わるか分からないという状況の中でご自身の生活と介護を両立させなければなりません。こうした困難に直面したときは、どうぞ周囲に助けを求めて下さい。

片倉さんはお父様がお亡くなりになった後、デイケアやデイサービスといった公的介護保険によるサービスを積極的に利用することで、お母様の介護とご自身の仕事を成り立たせることが出来ました。また息子さんご夫妻の支えも大きかったとおっしゃります。周囲に支援を求めることも介護の重要な技術なのです。

※片倉さんへのインタビューは後編に続きます。

(構成・木村環)

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