『ユマニチュードに出会って』 第4回 中下裕広さん、智子さんご夫妻(前編)

家族介護者の体験談をご紹介します

ユマニチュードはご家族の介護をしていらっしゃる方にも役に立ちます。ご自宅での介護がうまくいかずに困っているときにユマニチュードと出会い、再びご家族との良い時間を過ごせることになった方々が多くいらっしゃいます。本学会の本田美和子代表理事がそうした皆さまを訪ね、ユマニチュードを実践した体験と感想をお伺いしました。

中下裕広さん、智子さんご夫妻

今回、ご登場いただく中下さんご夫妻は沖縄県石垣市にお住いです。石垣島では同県立八重山病院の内科医、今村昌幹先生が旗振り役となり4年前からユマニチュードの講習会が様々に開かれていて、今村先生と仕事を共にされている裕広さんとご縁が出来ました。智子さんのお父様がアルツハイマー型認知症と分かったことから、ご家族皆でユマニチュードを独学し、今ではその哲学を地域の方とのコミュニケーションにも役立てていらっしゃるというお二人。その実践の様子を2回に分けてご紹介します。

本田 裕広さんが、運転手のお仕事で今村先生の訪問診療にご一緒されていることからユマニチュードを知ったそうですね。ユマニチュードに興味を持たれたのは、お父様のことでお困りのことがあったからでしょうか。

中下裕広さん(以下、裕広さん)  ユマニチュードに出会う前の話からしますと、妻の父親、おじいがお酒を飲むと暴言を吐いたり、暴れることがありました。若い時からそういう傾向はあったので酒乱だと思っていましたが、3日に1回ぐらいのペースで母から「助けてほしい」という電話がくるようになり、「困ったな」と思っていた時に、テレビや新聞で紹介される認知症の症状にどうも似ているなと気づいたんです。今村先生に聞いてみましたら、認知症の可能性があるので主治医に相談してみなさいと言われ、妻が聞きに行ったところ、実はすでに認知症の薬が出ていることが分かりました。

中下智子さん(以下、智子さん)  アルツハイマー型認知症とそのとき初めて知らされ驚きました。初期ということもあったようですが、母にも本人にも認知症とは伝わっていなくて、「脳にモヤっとしたものがあるから気をつけて」というくらいの説明だったようです。本人はもしかしたら聞いていたのかもしれないのですけれど。

本田 お父様がお酒を飲むと手に負えなくなるということは長く続いていたのですか。

裕広さん 1年ぐらいです。さらにお酒に酔っていないときでも、「おばあ(母)が浮気をしている」と現実では考えられないような事を話すときがあり、この症状で認知症ではないかと思うようになりました。

本田 そこで今村先生にご相談になったのですね。

裕広さん 治療や介護は本人の協力なくしては無理だと思ったので、主治医に父にはっきりと認知症であることを伝えてもらったのですが、今度は逆にふさぎ込むようになりました。ボーッとする時間が長くなり、このままでは寝たきりになるのではと心配をしていたところ、今村先生に「ユマニチュードを試してみたらどうか」と本田先生が出演されたニュース番組の映像を見せていただいたんです。

本田 ご覧になってどう思われましたか。

裕広さん ユマニチュードで認知症の人がこんなに変わるのかと驚きましたね。半信半疑でもあったのですが、藁にもすがる思いでしたから、まずはユマニチュードの本を読んでみたんです。ちょうどそのとき、仕事で行く診療所でたまたま認知症の男性を屋外から誘導する機会があり、僕が出来る範囲ですが、目線を合わせて笑顔で挨拶し、優しく腕に触れながら「診療所に一緒に行きませんか?」と話したら同意してくれました。診療所内にお連れし椅子に座ってもらったら笑顔も返してくれたんです。「ユマニチュードって本当に使えるんだ」とすっかり感動して、家でやってみようと家族に話しました。

本田 裕広さんからお話を聞いて智子さんはどう思われましたか。

智子さん 私はもともと介護の仕事をしていたことがあって、認知症の方と接する方法を若干は知っていたんです。目線を合わせたり、顔を近づけて話すことは自分なりにやっていたこともあり、ユマニチュードは私にはとても入りやすかったです。

本田 実際にお父様にユマニチュードを行ってみたときはいかがでしたか。

智子さん 最初は手を繋ぐのがとても恥ずかしかったんです。でも、父が「飲みに行く」というので付き添うことになり、夜道で人の目も気にならないので思い切って手を繋いでみました。35歳を超えて、75歳の自分の父親と「恋人繋ぎ」をして(笑)、石垣の夜道を30分ぐらい「気持ちいいね」「楽しかったね」と会話をしながら歩いて帰宅したら、いつもなら酔って帰ると家で暴れるのが当たり前だったんですけれど、その日は落ち着いて部屋に入って寝てくれたんです。(ユマニチュードは)「あ、こんな感じでいいんだな」と思いました。ちょっと恥ずかしかったですけれど。

本田 素敵なご経験ですね。

智子さん 精神科の先生に診ていただいてアルコールを止めるための薬を飲み始めていたこともあり、その頃から、本人が「お酒は要らない」と言い始め、普通の会話ができるようになりました。たまに被害妄想的なことは言うのですが、それを以前は暴言で表現していたのが、「おばあが他の人と出かけているんじゃないかと思うんだよ」と自分の悩みとして話してくれて。私も「じゃあ、おばあにどこに行くのか聞いてみるね」と、父の話をきちんと聞いて答えるようにしていたら、段々とそう言うことは言わなくなって来ました。

本田 ユマニチュードは治療ではなく、コミュニケーションのとり方です。お困りのときに、それまでとは違うやり方をしてみたら変化が生まれたと伺って嬉しいです。裕広さんはいかがでしたか。

裕広さん ユマニチュードの考え方が私たち家族を変えたと思います。相手の言っていることを聞いて尊重する。自分たちがやって欲しいことは、相手に伺いを立てて許可をもらってからやるというスタイルに変わりました。母がとても勉強してくれて、自分がやりたいことは、父にまず相談してからやるように徹底したら、2人の関係がとても良くなりました。

智子さん 例えば、我が家に来ているときも、それまでは「どこへ行った」「帰りが遅い」と父から電話が鳴りっぱなしで、母が帰宅すると怒っていました。それを「孫が遊びたいと言っているから、帰りが遅くなるかもしれないけれど良い?」と聞き、父がそれに許可を与えるというスタイルにしてからは、母が帰宅しても怒らないようになりました。

本田 素晴らしいですね。

裕広さん 家族でユマニチュードを学び始めたころが、ちょうど本田先生とジネスト先生が石垣島に初めて来られるタイミングで、お二人にお会いし、講習会を覗かせていただいたのもユマニチュードは良いと確信できることに繋がりました。


中下さんのご両親とイヴ先生、

本田 最初に石垣島に伺ったとき、おじいとおばあが営んでいらっしゃった民宿で食事をさせていただいんですよね。三線に合わせておばあが踊ってくださって。ジネスト先生はその時に撮影した、おじいとハグしている写真を今でも大切にされています。

裕広さん それは嬉しいです。特に母はジネスト先生にお会いしてからガラッと変わりました。年齢が年齢なので気恥ずかしいところもあったようなのですが、実際にユマニチュードで接すると父が穏やかになるので、それまでは愚痴ばかりだったのが、「おじいがこう変わったよ」と私たちに嬉しそうに報告してくれるようになりました。

智子さん 最近では会うたびに「おじいが優しくて、とても楽しい」とのろけています。結婚してから今が一番幸せだそうで、何度も同じことをいうので、おばあの方が心配なくらいです(笑)。

本田 なんて素晴らしい。本当に素敵なご夫婦ですね。

※後編に続く

(構成・木村環)

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