「誤作動する脳」著者・樋口直美さんと本田代表理事の特別対談

特別対談

認知症の一つ「レビー小体型認知症」の当事者として、自身の体験や症状を発信し続けている樋口直美さんに、当学会の本田美和子代表理事がお話をうかがいました。新刊「誤作動する脳」(医学書院)の出版にまつわる裏話から認知症の方々と社会の関わり方まで、ケアをする側、受ける側双方の立場から話が広がりました。

「書く」ことが心理療法に

本田美和子・代表理事 樋口さんは日本でのユマニチュードの活動の初期から興味を持ってくださり、ジネスト先生からぜひ名誉インストラクターになっていただけないかとお願いして受けてくださいました。今日はお招きできてとても嬉しいです。

樋口直美さん インストラクターだなんて。応援団だと私は思っています。

本田 ありがとうございます。ジネスト先生は常々「我々の一番の先生は、その状況に置かれている人だ」と話していらして、樋口さんにも本当に様々なことを教えていただいています。最初にお会いしたのは1冊目のご著書「私の脳で起こったこと」(ブックマン社)を出版されたときでした。私もちょうどユマニチュードを始めて間もなくのころでした。

樋口さん 私の本が出版されて間もなく開かれた講演会の時にお会いしたんでしたね。

本田 認知症全般についてもっと知りたいと思っていた時に、ご病気と共に暮らしている自分のことを書いている方がいらっしゃるのを知り、どんなことをお話しになるかぜひ伺いたくて参加いたしました。

樋口さん 講演の後の懇親会でお話しさせていただいたのですが、なんだか知らない人という気がしなくて。

本田 そうでした。前々から存じ上げているような、古いお友達に久しぶりに会うような感じがいたしました。とても楽しかったです。「本を書く」と決意された一番の理由はどんなことだったのでしょうか。

樋口さん レビー小体型認知症という病気が知られていないために、正しく診断されない方が多く、私もそうでしたが、処方された薬で逆に症状が悪くなる方や、知らずに風邪薬などいろいろな薬を飲んで悪化している方が多くいます。あるいは幻視に対して向精神薬を処方されて寝たきりになってしまう方も多くいて、「これは多くの人に知らせないといけない」というのが一番強い動機でした。

本田 樋口さんがそう思って行動を起こしてくださったことで、多くの人が救われたと思います。

樋口さん それなら良いのですけど、まだまだ知られていないと思います。病名も知られていないし、認知症ということで括られてしまい、自律神経症状などで身体的に苦しい症状がたくさんあることや、薬にも注意が必要だということまでは全然知られていません。

本田 そうかもしれません。私も教科書的に「そういう病気があるんだな」と知識としては知ってはいても、実際にどういうことがご本人に起こっていて、何にお困りかはわかっていないことがとても多いです。実際に経験をしていることを明確に書いて下さったのは本当に素晴らしく、ありがたいことでした。ちょうど「当事者研究」という言葉が知られてきた頃と時期的に重なっていたのではないでしょうか。

樋口さん 私もあの本を出した時には「当事者研究」という言葉は知らず、本を読まれた方から「これは当事者研究ですね」と言われて知りました。私はもともと常に書いている人間で、そういう職業ではなかったのですけれど、書くことが好きで、言葉にすることが癖というか身についた習性になっているんです。

本田 そうでしたか。本をご出版になってから様々なところにお話しにいらっしゃったと思います。

樋口さん そうでもないんです。よく「日本全国を飛び回ってる」みたいに言われるのですが、レビー小体型認知症はアルツハイマー病の方とは違い、体調の波がすごくあって、決まった日時に1時間、2時間かけてどこかに行くというのは結構難しいことなので、月に1、2回、関東を中心に講演に行くだけでした。体力的に難しいので動画を撮ってもらうことにして、どんどんアップして頂いたら何だかそういう印象になってしまったようで(笑)。

本田 そうでしたか。新刊の「誤作動する脳」の編集者である医学書院の白石正明さんともそうした活動の中でお会いになったのですか。

樋口さん そうですね。最初の本を出して講演をするようになり、お医者さんの知り合いや友達が増えたんですが、ある時、認知症専門医に私の時間の感覚の話をしたのです。「今日が何月何日か分からないというのは、病院では『見当識障害です』と言われるのですけど、私の時間感覚はちょっと違うんです。距離感がよく分からなくて、1ヶ月前と3ヶ月前の違いが分からないんです」などと話したら、「そんな話は聞いたことがない。それはきちんと文章に書いたらどうか」と言われました。

確かに、それまで取材を受けて時間感覚の話をしても、少し説明したくらいでは相手になかなか通じなかったので、自分でもこれは書いておいた方がいいなと思って。それで「note」というサイトに、自分の時間感覚について書いておいたら、白石さんが読まれて「本を書いて欲しい」と言ってきて下さったんです。

本田 白石さんには私もお世話になっていて、最初の本、「ユマニチュード入門」を作って下さったのが白石さんです。ユマニチュードが日本で多くの方に知っていただけるきっかけを作って下さいました。

樋口さん そうでしたか。有名であるかどうか、肩書きがどうであるかを一切気にせず、本質的なことだけをパッと掴む方ですよね。そして「面白い、面白い」ってやたら面白がる(笑)。

本田 そうです、そうです(笑)。白石さんと一緒に本をお作りになることになって、まずは医学書院のウエブサイト「かんかん!」での連載が始まりましたね。連載にあたって、編集者としての白石さんは何とおっしゃったのですか。

樋口さん 白石さんからは「あなたが症状をどう体験しているかだけを書いて下さい」と言われました。レビー小体型認知症がどんな病気かという説明は書かず、「いろいろな症状をどんな風に体験しているかをなるべく詳しく書いて欲しい」とそれだけでした。

本田 書く作業は楽しかったですか。

樋口さん 書くのは好きですが、大変でもありました。体調の波がすごくあることを考慮して締め切りは設けない形になったのですが、「月に1本は絶対に書く」と自分で決めて守りました。白石さんとのやりとりは楽しく、また書いていくうちに新しく発見することもありました。過去の経験を書くことで、そのことをまた考え、自分の中でどんどん深めていく作業は面白かったです。

本田 白石さんとの二人三脚的で作ったご本なのですね。

樋口さん そうですね。白石さんがいらっしゃらなかったら出来なかったです。最後の章に書いたのですが、私は41歳の時にうつ病と誤診されて、その薬物治療で半分死んだようになりました。6年間苦しんだのですが、そのときのことは思い出すと涙が出てくるし、思い出すのも苦しくて誰にも話せませんでした。書いたこともありませんでした。

それを初めて詳しく、ぼろぼろ泣きながら書いたんです。それができたのは、きちんと受け止めてくれる人がいる、否定せず、肯定的に受け止めてくれると信じられる人がいたからです。ずっと泣きながら書いたのですが、サイトにアップされたものを読んだ時にはもう泣けずに、他人の話みたいに「へ〜」と思いながら読めました。だから、私にとっては書くことがすごい心理療法になったんだなと思います。

本田 そうだったんですね。この本には、樋口さんが勇気を持って心の中を全部見せて下さっているお話が山積みで、その迫力に押されて読み続けました。特にエピローグの1歳のお孫さんを樋口さんがお風呂に入れるエピソードはもう胸を突かれる思いでした。赤ちゃんが「一点の疑いも不安もなく、悟りを開いたような半眼のまま、微動だにせず、いのちを委ねているのです。神様みたいだなと思いました」という表現に、「そうだ、これなんだ」と思いました。

言葉でコミュニケーションを取れない、知らない人を信頼しきっている赤ちゃんの姿を想像しながら、私たちがケアをお届けしたいと思う方々にも、そうやって任せていただけるような存在、任せて大丈夫だと思ってもらえる存在になるのが、私たちのゴールなんだと改めて思いました。

樋口さん そういう読み方をされたんですね。素晴らしいです。

本田 ひとは何もない状態から徐々に社会性を身に付けていき、そして、あるところから徐々にまたそれが失なっていくことが認知症の特徴の一つであると捉えたとき、こういう形で信頼し、受け取ってもらえるような「優しさを届ける技術」を考えればいいんだなと、自分の仕事と重ね合わせて読みました。

樋口さん 本当にそういう信頼関係が全てだと思います。認知症でどれだけ状況判断ができなくなったとしても、周りの人を信頼できれば、「この人たちは味方で、私を傷つけることは絶対にない」と信じられたなら、問題は起きないし、穏やかでいられますよね。ところが、今はなかなかそれが成り立たない。ケアをする側も一生懸命にやっているけれど、信頼関係が成り立たないから、ケアを受ける人は不安を感じ、怖さで暴れたり、叫んだり、拒否したり、変なことを言ったりということが起きている。そこが上手くいけば良いなと常に思います。

本田 その点において、ユマニチュードが多くの人の役に立てばうれしいなと思います。自分や自分の大切な人に対して、みんなが普通にユマニチュードを実践できるようになれば良いと。

「認知症になったら終わり」ではない

樋口さん ユマニチュードのように「1人の人間として大切にする」ということは、結構難しいことですよね。家族だからできるというものでもないし。

本田 家族だからこそ難しかったりもしますね。ですので、もう「みんなが」というしかないのですが、社会のみんなが考え方を少しずつ変えることが求められているのではないかと思います。

例えば、私が研修医になった頃は、がんの患者さんにそれを伝えるかどうかが議論されていました。今は本人に告知しないという選択はありません。

私がHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の仕事をしていた時、治療薬が無い時代には、ご本人に告知するのは絶望させるだけだからやめようという議論があったと知り、驚愕しました。もちろん今は、どんな病気でもご本人にお知らせすることが、ご本人の権利であるという社会の共通認識が生まれています。

私は認知症に対するアプローチもそういう風に変わって欲しいと強く思っています。認知症は、医学的な介入のために、つまり「ご本人のためになることだから」身体抑制も仕方がないと思われていましたし、閉じ込めて自由を奪うこともありました。実際、現在でもまだそれがすべて解消しているわけでもありません。そうしたことに対して「過去はそうだったんだよね。すごかったんだね」となるような未来に、みんなが納得して社会の知恵と技術で解決していける時代になるとうれしいなと思っています。まだ夢のような感じなのですけれど。

樋口さん 認知症について、一部の人は今まで言われているものとは違うことが分かって来ていると思いますが、世間一般の人の認知症の捉え方はあまり変わっていないと思います。最近も芸能人の方がレビー小体型認知症だと診断されたことをテレビ番組で公表したらしいのですけれど、ご本人が「仕事を続けたい」とおっしゃるのに、「仕事なんて出来るわけない」というような発言をネットで見て、「認知症になったら終わり」「何も分からなくなるんだ」みたいな見方はまだまだ根強いなと思いました。

本田 HIVの時も全く同じことが起こりました。かつては、ウイルスに感染することで、免疫力が徐々に低下して、さまざまな感染症を併発してエイズになって亡くなる、という経過をたどる病気だったのですが、今ではすばらしい治療薬の開発によって、死に至る病ではなくなりました。現在、お薬をきちんと飲み続ければ、標準的な寿命までお元気に過ごすことができます。つまり、HIVと共に暮らす人生が始まるのです。そうなると、自分の生活を支えるため、生活を楽しむためにも仕事がとても大切になってきます。

そのために、患者さんの就労支援も私たち医者の重要な役割になりました。企業の人事担当の方に、「HIVは粘膜と粘膜との濃厚な接触がなければうつらない病気で、通常の業務では心配要らない」ことを伝えたり、時には社員向けの講演も行います。どの企業も1人目の採用はいつもとても大変です。でも、いったん雇用が決まると、その方があまりにも普通と変わらないので、さらに紹介を頼まれるようになります。こんな感じで、今までに何人の患者さんをご紹介したか分からないくらいです。

ですから、認知症も最初は「そんなこと出来るわけない」というところから始まると思うんですけれど、その人が出来ることを十分にやってもらうことで、活躍の場が作り出されるという社会的な同意ができていくといいなと思います。

樋口さん そうですね。つい先日、テレビ番組で若年性認知症の方の就労の話をやっていたんです。50代後半のしっかりした方で、記憶だけは不得手なところがあると思うのですけど、全く普通にお話しできて、和やかで明るい方でしたから対人関係のお仕事をされたらいいんじゃないかと思ったのですが、大手ネット販売会社の倉庫の仕分けをするお仕事に就かれたんですね。商品を仕分けするために広い倉庫の中の棚の位置を覚えなければいけなくて、「自分は仕事がすごく遅い」と落ち込んでいらして、もう少し、この方の得意を生かすような仕事はないのかなとすごく思ったんです。

本田 それもHIVの時に私たちがやったように、ご病気の特性をよく知っている方が間に入ればいいと思うんです。認知症をお持ちの方が仕事をしたい、社会とつながっていたいと思う時に、具体的に力になれる人がいたらありがたいと思いますし、私もそういうことが出来たらと思います。

樋口さん 医師はそんなことまでしませんよね、普通は。

本田 そうですね、でも病気の治療だけで患者さんが良くならないということは、みんなもう分かっているんです。特に高齢者医療をやっている人は、患者さんが家に帰った時に家での生活をどう支えていけばいいのかと考えています。最近は訪問診療をしていらっしゃる先生方もたくさんいらっしゃいます。従来の医療ではあまり重要視されていなかった、生活を支えるための医療の必要性を多くの臨床医は感じていると思います。そこに面白さを見いだす、価値を見いだす医者は、今後きっと増えてくると思うんですよね。私の周りは、そういうこと考えてる医師が少なからずいます。

樋口さん そうしたお話が伺えると嬉しいです。

本田 7月から晶文社のウェブサイトでも連載「間の人」を始められましたね。まとまったらまたご本になるのかなと思いながら読んでいます。

樋口さん ありがとうございます。その予定です。今回は軽いタッチで、その時々に考えたことを自由に楽しく書いていきたいと思っています。

本田 それは楽しみです。またぜひお話を聴かせてください。今日はありがとうございました。

(構成・木村環)



樋口直美(ひぐち・なおみ)さん

1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断される。41歳の時にうつ病と誤診され、その治療で症状が悪化した6年間の経験が「当事者」として情報を発信するきっかけとなる。多様な脳機能障害のほか幻覚、嗅覚障害、自律神経症状などもあるが、思考力は変わらず、執筆活動を続けている。2015年に出版された最初の著書「私の脳で起こったこと」(ブックマン社)が日本医学ジャーナリスト協会賞優秀賞を受賞。

2020年3月「誤作動する脳」(医学書院)を上梓。

認知症未来共創ハブ制作のサイト「認知症世界の歩き方」の監修もしている。ベレー帽がトレードマーク。

樋口さんの活動の詳細は公式サイト「ペライチ」をご参照ください。

用語解説

レビー小体型認知症

アルツハイマー型認知症に次いで多いと言われる認知症の一つ。1995年にその名称と診断基準が発表された。大脳皮質の神経細胞に特殊なたんぱく質である「レビー小体」が蓄積することで、認知症の症状を引き起こすとされる。初期の段階では記憶障害は目立たないことが多く、認知機能の変動や幻視、幻聴、手足の震え、睡眠障害や自律神経症状などが特徴として挙げられるが症状は個人により多種多様。近年、早期に診断され、適切な治療とケアによって良い状態を保つケースも増えてきていると言われている。

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