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代表理事 本田美和子インタビュー「雨宿りの木のような場に」 | 日本ユマニチュード学会|人間らしさを尊重したケアを共に社会へ

代表理事 本田美和子インタビュー「雨宿りの木のような場に」

 いよいよ日本ユマニチュード学会の活動がスタートしました。「学会ってどんなもの?」「会員は何をするの?」と素朴な疑問をお持ちの方もいるのではと思います。

 そこで、本田美和子代表理事に学会設立への思いや会員の皆さまと共に目指したい学会の在り方について聞きました。

本田 美和子

日本ユマニチュード学会代表理事

1993年筑波大医学専門学群卒。亀田総合病院、米国コーネル大学老年医学科などを経て、2011年より日本でのユマニチュードの導入、実践、教育、研究に携わり、その普及・浸透活動を牽引する。独立行政法人国立病院機構 東京医療センター 総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。

雨宿りの木のような場に

— 10月20日の設立総会を終えて日本ユマニチュード学会が本格的に始動しました。そもそもなぜ学会という組織が必要だと思われたのでしょうか。

 私が渡仏してユマニチュードを初めて経験したのが2011年10月、ちょうど8年前になります。ユマニチュードが、ケアの現場で困っていることの解決法になるのではと職場の同僚たちに話したところ、ぜひ学びたいという専門職の方々がたくさんいらしたため、これをきっかけにユマニチュードの研修を日本で始めることにしました。フランスではユマニチュードは施設全体に導入することが原則なのですが、日本ではまず個人向けの研修から始めました。


設立記念総会で挨拶する本田代表理事

 研修では多くの方が「自分はこういうことをやりたかったんだ」と感じたとアンケートに答えくださり、ぜひやってみようとの意気込みを胸にそれぞれの職場に戻られるのですけれど、職場で新しいことを提案したり、習ったことを上手く実践するためには様々な工夫が必要で、難しい課題も出て来ます。そんななかで、同じ境遇の方々の話を聞きたいと思われる方や、入門研修を受けた次の段階としてどんなことを勉強すればいいのかとお尋ねになる方が増えてきました。継続的にケアの技術を勉強するシステムの必要性を痛感すると共に、ユマニチュードの実践を個人の努力と個人の意気込みだけで頑張るには限度があると思っていました。

 そして、フランスにも日本にも蓄積しつつあるそれぞれのユマニチュードの経験を「集合知」としてより良い形で皆が共有するためにどうすればいいのだろうかと考えたときに、ユマニチュードを実践する人々が肩を寄せ合う組織というのが必要でないかと考えました。それも出来る限り中立的な立場で、ユマニチュードのケアを実践したいというお気持ちがあれば「どなたでもお越しください」というような、雨宿りをする木のような場が早くできたらいいなと思っていたのです。ようやく様々な態勢が整って学会としてスタートでき、大変うれしく思っています。

— 学会設立までの道のりは長かったですか?


市民公開講座で講演を行うイヴ・ジネスト氏

 私にとってはあっという間でした。ユマニチュードを初めてフランスで見学してから3ヶ月後にジネスト先生の日本で最初の講演会が開催されました。実際のトレーニングが始まったのは私が見学に行った10ヶ月後です。その1年後には複数の病院や施設での導入が始まりました。現在は国立大学の医学部での教育も始まっていて、このような進み方を夢のように思っています。なぜなら、ユマニチュードは過去に学術的な業績が多くあるわけではなく、ケアをやってみた人の手応えと、ケアを受けた方の大きな変化と、それを見る人たちの驚きが駆動力となって広がってきているからです。

 しかも、その驚きは、医学・看護学だけでなく、心理学、哲学、情報学など多岐にわたる専門家の興味をひくものでした。このために、厚生労働省や日本科学技術振興機構、内閣府などの研究助成を受けながらさまざまな研究が現在まで継続的に行われています。すでに研究成果の社会への還元も始まっていて、厚生労働省の科学研究費で行なった研究で作成したケアの映像教材はYouTubeで公開しています

 生存科学研究所に声を掛けて頂いて共催している市民講座も今年で7回目となりました。毎回定員を超える方々にお申し込みいただいています。本当にたくさんの支えて下さる方々と繋がっていることをありがたく思います。このような歩みも、すべては私の話を聞いて「私たちもぜひ学んでみたい」と声をかけてくれた看護師さんたちの強い要望が始まりでした。

— やはりユマニチュードの素晴らしさが多くの人を惹きつけるのでしょうか。

 高齢者の方が増え、そのケアが社会全体にとっての課題といわれる状況になってきました。その解決策として、専門職やご家族が「もしかしたらユマニチュードは自分の困っている状況に使えるかもしれない」とそれぞれに思える要素があったという感じでしょうか。例えば、国立精神・神経医療研究センターの本田学先生は、薬物以外に体の中で生理学的な変化を引き起こすものとして、生体が受け取る「情報」の役割に着目した「情報医療」の観点からユマニチュードを評価して下さっています。また、看護師や医師の教育現場でも、ユマニチュードの考え方がその専門職の仕事の質を上げるのではないかと正規のカリキュラムに入れる学校が増えていますし、福岡市を始めとした自治体でも導入が始まっています。救急隊隊員へのトレーニングも大変好評です。家族介護の講習を受けた後に地域の介護の先輩として活躍する方も生まれています。このようにケアについてそれぞれの分野で取り組んできた方々が、その属性を超えてひとつのチームとなって機能し始めていることに、とても感激しています。

一人一人の経験を集合知に

— 会員制度のメリットは何でしょうか。

 一つには、自分がどこかに所属していると思うことが、その人の力を生み出す可能性があるということです。私はこれまでに職場をいくつか変わりましたが、そのたびに職場や家の鍵を全て返してきました。米国に引っ越したときには日本の鍵は全てなくなり、しかもアパートがなかなか決まらず住む部屋がないまま仕事に通う時期があったんです。ようやく職員住宅が決まり、鍵を受け取った時に「あなたはここにいるんですよ」というような辞令のようなものを貰った感じがしました。同時に「私の場所はここなんだな、ここで頑張ろう」と思えたんです。同じように、学会に所属することで「私はユマニチュードを好きで、ユマニチュードを実践する人なんだ」という内なる誓いをご自身で感じてもらう瞬間がお一人お一人にきっとあるんじゃないかと思っています。

 そしてもう一つは、一人ぼっちでユマニチュードを実践するとき、他の人とは違うことをやるときにはすごく勇気がいると思うのですが、その勇気をもたらしてくれる仲間づくりの場としても機能すると思います。最初にお話ししました「雨宿りの木」の下に集う仲間というわけです。さらに、会員の皆さまそれぞれがそれぞれの現場で様々な経験をしていらっしゃるわけですけれど、それを分かち合い、参考にしながら次へ進んで行く集合知を作る母体になったらいいと思っています。

— 会員の方々、またこれから会員になろうと考えていらっしゃる方々に、会の代表として期待することはありますか。

 まずは自由であってもらいたいと思います。ユマニチュード学会は自由意思で集まった自由な人たちの集まりです。自由な精神のもとに自分の行動を決めるということ、つまり自律を、私たちはユマニチュードを学ぶなかで身につけていきますが、それを全てにおいて貫いていきたいと思います。それはその方が何をしているかは関係ありません。市民会員の方も学生の方も専門職の方も、ユマニチュードのことはまだよく分からないけれど少し知りたいという方も同じです。賛助会員の皆さまには、そんな方々にひさしを貸す小さな雨宿りの場所になって頂けたらいいなと思います。

実践者の集まりでありたい

— まさにユマニチュードの哲学の実践をして頂きたいということですね。

 そうですね。会員それぞれの方々が自律した生活を送るにはどうすれば実現できるかということを考えて頂ければと思います。この「自律」というのは全てを自分でやるということではありません。「何をしたい」「どういう状況でありたい」という意思があるとき、たとえそれが自分でできなくとも、その意思が誰かによって実現されればその人の自律は護られます。相手のことを何でもやってあげることが良い援助ではないんです。ケアをする人にとっては、ケアを受ける人の「自律」を尊重することがその根源的な役割で、ケアをする人が「相手の自律性」を尊重したケアを実現できれば、ケアを受ける人は自分の自律性を保ったままケアをする人に依存することが可能となります。この意味での「依存される人」の集まりとなっていけばいいなと思います。

— 具体的に会員の皆さまと取り組みたいことはありますか。


第1回日本ユマニチュード学会設立記念総会にて

 最初に「集合知」と申し上げましたけれど、年に1回は会員の方々のケアの実践について発表の機会を持ちたいと思いますし、それ以外にもウエブサイトなどを使って紹介することを考えています。ケアで達成したことだけでなく、上手くいかないことや失敗もぜひ分かち合って頂きたいです。ジネスト先生はよく「失敗からでないと学ぶことは出来ない。上手くいったときにはなぜそうなかったか分からないが、上手くいかない理由は必ず探し出せる」とおっしゃるんです。失敗学と言うのでしょうか、失敗も大切な「集合知」かと思います。

 加えて、ひとの自律が最期の時まで保たれる社会を作り出すことがどれほど重要かということを、学会の皆さまと共に、多くの方々に伝えていけたらと思います。例えば、30年ほど前までは患者さんご本人に癌やHIVであることを告知するかどうかについて論争がありました。今では信じられないことですよね。今はご本人に病名を告知しないことはありえなくなりました。人は亡くなるその日まで自律が必ず確保されるものであるということについても、同様の変化が生まれてほしいと思っています。

— 学会としてユマニチュードの哲学を発信していくと言うことですね。

 そうです。ただ「これが正しい」と理念だけを振りかざす団体には絶対になってはいけないんです。学会に所属してくださる方々にはぜひ「実践者」になっていただきたいと思います。市民会員の方、ケアの専門職や学生の会員方々がそれぞれの生活や仕事のなかでユマニチュードの哲学を実践して、ご自分がいらっしゃる分野を少しずつ変えてくださったらうれしく思います。賛助会員の方々には自由と自律と質の高いケアが共存する環境を作るためのお力添えを頂きたいと思っています。全ての人の自律が尊重される社会を目指す「実践者」として会員の皆さまと共に歩んでいきたいと思います。

(聞き手・木村環)

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