ユマニチュードの絆vol.4 「強制ケアはしない・・・」

ユマニチュード考案者イヴ・ジネスト先生、ロゼット・マレスコッティ先生からのメッセージ連載

本内容はフランスのユマニチュード導入施設向けに配信されるニュースレター「ユマニチュードの絆」より転載したものです。ユマニチュード開発に至る経緯やジネスト先生たちの考えを知っていただく一助になると嬉しいです。

 

強制ケアはしない・・・それは「夢」でしょうか?

今日フランスでは、国内全施設で毎日4万の強制ケアが行われていると考えられています。(2012年現在)許されることでしょうか?答えはもちろんNOです。

強制ケアはしない。つまり、叫んでケアを拒否する人に無理に入浴介助をしない、全力でズボンを引っ張り上げている人に無理におむつ交換する必要はない、食事を拒否している人に無理に口を開けさせない、ということです。

これらのケアについて再考してみましょう。やらなくてはいけないと思っているこれらのケアが、ケアをする側・される側、双方の苦しみの中で行われ、ユマニチュードの絆が壊れてしまっています。

そうです。私たちはみな、強制ケアをしなくてはならない状況をなくそうと夢見ています。

みんなで、この「夢」が現実になり得る、ならなければならない状況となるよう賭けてみましょう。

強制ケアをしないというこの夢にたどり着くために、必要不可欠な技術、職場の組織変革、適切な器材の準備だけでなく、ケアの技法を定め、自分たちケアをするひとは何者か、そしてその役割は何かを何度も繰り返し考えてみることが、脆弱な方々の役に立つ人間としてのわたしたちの存在意義を正当化してくれるでしょう。

専門的な技術は、知識が増え、ケアのアプローチが開発されるにつれ進化していきます。その一方で、基本原則は相対的に安定し、人権に直結して社会的に定義される基準です。基本原則はユマニチュードの哲学特有のものでなく、人間性を尊重するすべての老年医学的アプローチの中に存在し、フランス共和国の基本的価値を反映しています。生命保護の原則であり、私たちの職業の観点からは、相手の害になることをしない、高いケアのレベルを保つことです。

私たちは、強制ケアがあるところでは、必ず健康が脅かされてしまうと考えます。

「個人の自律と自由を尊重する原則」は、ケアを受ける人の同意を求めることを意味します。強制ケアがあるところでは、個人の自由が尊重されていないと考えます。

「生活の質を尊重する原則」とは、注意深く接して、ケアを受ける人が必要とすること、その要望、喜びを保護することです。強制ケアがあるところでは、生活の質が尊重されていないことが予測されます。

「定期的な評価による調整とたゆまぬ反映の原則」。定期的に状況の評価を行い、それを基にケアを変革していくことでこの原則を実現します。強制ケアがあるところでは、個別性のあるケアが生かされていないと言えます。

「人の関係性における誠実の原則」とは、同意を求める、ケアを説明する、まなざしを重ねる、信頼を保ち続ける態度が誠実であることです。強制ケアがあるところでは、誠実さが欠落していると想像します。

「正義と公正の原則」とは、すべての人に同じケアをすることを意味するものではありません。ケアを受ける人が自分の状態に応じた最適なケアを享受する権利をもつことで正義と公正を実現します。強制ケアがあるところでは、必要な調整をする能力に欠けていると考えます。

ケアの現場においてこれらの原則を尊重し、ケア技法を尊重することによって、ユマニチュードの絆が結ばれ続けることが保障されます。ケアをする人とケアを受ける人との間に、強制的ではない、良い関係が結ばれることが可能になります。わたしたちがケアをする相手に対して「あなたは大切なひとです」と伝え続けることが可能になります。

ですから、部屋に入る時はノックをしてケアを受ける人から許可を得ましょう。ケアの最中はケアをする人と受ける人との大切な絆の時間です。周囲から邪魔されないようにしましょう。ユマニチュードの柱を実践しましょう。無償の行為をあふれさせましょう。

みんなで「生活の場」を作りましょう。ケアを受ける人にとって明日を「したいことが出来る場」にしていきましょう。

ロゼット・マレスコッティ

イヴ・ジネスト

Le Lien de l’Humanitude より

前のページに戻る