『ユマニチュードに出会って』 第2回 片倉美佐子さん(後編)

家族介護者の体験談をご紹介します

ユマニチュードはご家族の介護をしていらっしゃる方にも役に立ちます。ご自宅での介護がうまくいかずに困っているときにユマニチュードと出会い、再びご家族との良い時間を過ごせることになった方々が多くいらっしゃいます。本学会の本田美和子代表理事がそうした皆さまを訪ね、ユマニチュードを実践した体験と感想をお伺いしました。

片倉美佐子さん

第1回会員ミーティングにゲストとしてお招きした片倉美佐子さんのインタビュー後編です。福岡市の市民向け講座でユマニチュードに出会った片倉さんは、認知症を知るために心理学を学ぶなど意欲的にお母様の介護に取り組まれていますが、家族ならではのユマニチュード実践の難しさもあったとお話して下さいました。

※第1回会員ミーティングの模様は会員限定で配信中です。

前編より続く

本田 ユマニチュードのことは福岡市の講座で初めてお知りになったそうですが、ご参加くださったのはお母様の介護で何かお困りなったことがあったのでしょうか。

片倉さん はい、2016年の12月の市政だよりで講座があると知り、申し込んだのがきっかけです。これまで認知症について学ぶという講習に参加したことはあったのですが、介護の仕方を具体的に教えてくれるところはなかなかなく、母の介護はこれでいいのだろうかと常々思っていましたので良い機会だと思い参加しました。

本田 片倉さんはとても前向きに認知症のお母様の介護に取り組んでいらっしゃいますが、精神的にお辛い時期はありませんでしたか。

片倉さん 最も辛かったのは認知症という診断がつくまでですが、父が亡くなり母と二人暮らしになってからは、認知症への具体的な対応の仕方が分からず途方に暮れることがありました。デイケアを受けている病院で認知症の家族会に参加もしたのですが、皆さんの経験談が参考になる反面、「母も私のことを分からなくなってしまうのでは」「話も出来なくなるのでは」と将来への不安を感じるようになってしまって。セキセイインコの世話や鍼治療に連れて行き母を追い詰めてしまったのも、私の不安と焦りから出た行動だと思います。

本田 そのお気持ちが変わるきっかけがあったのでしょうか。

片倉さん 母が徘徊し、息子夫妻も駆けつけるという事態となったとき、息子たちに「申し訳ない」と思うと同時に、ハッと「自分がしっかりと構えないといけないんだ」と気付いたんです。責任感というのでしょうか、母に分かってもらおう、母を変えようとするのでなく、私が責任を持って母と向き合おうという自覚が芽生えました。

本田 放送大学で心理学を学ばれたそうですね。ユマニチュードの市民講座にいらしたことも同様ですが、片倉さんの行動力は素晴らしいです。

片倉さん はい、思いつくとすぐに行動に移さないと気が済まない性格です(笑)。放送大学は認知症とはどういうものか知りたいと思って入学し、2018年に卒業しました。卒業研究は母と私の介護のことを題材にしたんです。他にも、在宅ホスピスでボランティアをしたり、食育アドバイザーの資格も取りました。


第1回会員ミーティングの様子

本田 お仕事もしながら介護と勉学、お忙しかったでしょう。

片倉さん 初めは認知症の母がいることを職場になかなか伝えられずにいたのですが、ある朝、母がお世話になっている施設から「(家に)迎えに来たがいない」と職場に電話が入ったため意を決して上司に話し、心が軽くなりました。ただ、その上司が替わると夜勤の仕事が増え、休みも取りづらい環境になってしまって。加えて私自身も右肩鍵盤断裂で入院して手術を受け、退院後も週3回のリハビリを継続しなければ肩が上がらなくなってしまいました。介護にリハビリとこれ以上は会社には迷惑はかけられないと思うようになると同時に「これを機にスッキリと気分を変えたい」とも思うようになり、仕事を辞めることにしたんです。辞めて6年になりますが、収入は減ってしまったものの私自身のリハビリもしっかり出来て、大学も卒業できましたので後悔はありません。

本田 ユマニチュードの市民講座を受けられたのが3年半前ですね。初めてユマニチュードに触れたときはどう感じられましたか。

片倉さん はい、初回に「話す」(参照:ユマニチュード4つの柱)ことが大切で「会話を今の3倍に増やしましょう」と聞いて、それがとにかく「難しいな、どうしたらいいかな」と困ったことを覚えています。新しいセキセイインコを「レモン」と名付けて飼い始めたときでしたので、とにかくレモンのことを話題にして必死に母に話しかけました。すると次第に母が発する言葉が増えて来たんです。施設から帰ってくると「レモンちゃんが待ってるね」「レモンちゃん、ただいま」と自分から話すようになったのが嬉しかったです。

本田 実践したことの効果が目に見えると嬉しいですね。実践するのが難しかったことはありませんでしたか。

片倉さん ノックをして「来訪」を告げるということはすぐに実践したのですが、相手の正面で「視線を捉える」ということがなかなか出来ませんでした。「そんなことをしなくても母は私のことを見ているから大丈夫」と勝手に思い込んでいたんです。ところが、部屋に放していたインコが母の体に停まったときに、母がもの凄く驚いたんですね。私からすると母の元に飛んでくる様子が「見えていたはず」なのですが、母には「見えていなかった」ことに気づいたんです。それからはしっかり母の正面で視線を捉えることを心がけるようにしました。

本田 目線を合わせるということには、ご家族ならではの気恥ずかしさがありましたか。

片倉さん はい。同じようにハグや手を取ることもなかなか出来せんでした。会員ミーティングでもお話ししましたが、2回目の講習のときにジネスト先生に私自身が挨拶のハグをされたとき、ふわっと体も心もあたたかくなって、体に触れるというのはこういう効果があるんだと実感したんです。それ以来、母を優しく抱きしめたり、手を取ってさすったり出来るようになりました。

本田 それは素晴らしい。

片倉さん 講習を受けた後にケアのポイントをハガキで知らせてくださるなど、いつも気にかけてくださっている感じがしてユマニチュードを続けて行く励みとなりました。今は「目を見る」「ハグする」といった私のオーバーアクションが母には心地よく、また安心感にも繋がっているとよく分かります。母は最近は落ち着いている時間が増え、ジグソーパズルに凝っています。とても集中して楽しんでいるので、パズルをしているときなら私も30分ほど外出できるようになりました。デイケアやデイサービス、ショートステイなども利用しつつ、そうした一人の時間を作れるようになったことが私にはありがたいです。

本田 ご家族で介護されていると知らず知らずに頑張り過ぎてしまうことがあります。ご自身のための時間を作ることはとても大切ですね。

片倉さん だからこそ、ユマニチュードをもっと多くの人に知って欲しい、そして実践して欲しいです。私ももっと早く知っていたら、と心から思いました。ユマニチュードの技術を一つ取り入れるだけでも変化は起きますから。微力ですが私も認知症の家族の介護をされている方々に向けてユマニチュードの素晴らしさを発信をしていけたらと思っています。

本田 とても頼もしいです。これからもよろしくお願い致します。貴重なお話をありがとうございました。

(構成・木村環)

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