『ユマニチュードに出会って』 第3回 大津省一さん、信子さんご夫妻

家族介護者の体験談をご紹介します

ユマニチュードはご家族の介護をしていらっしゃる方にも役に立ちます。ご自宅での介護がうまくいかずに困っているときにユマニチュードと出会い、再びご家族との良い時間を過ごせることになった方々が多くいらっしゃいます。本学会の本田美和子代表理事がそうした皆さまを訪ね、ユマニチュードを実践した体験と感想をお伺いしました。

大津省一さん、信子さんご夫妻

認知症の信子さんと、信子さんの介護をされている省一さんは、前回の片倉美佐子さんと同様、福岡市が行なっている市民向けの講座でユマニチュードと出会われました。ユマニチュードにより再び信頼関係を取り戻すことができたというお二人には、福岡市と当学会で制作した映像「介護に笑顔があふれだした〜福岡市のユマニチュードの取り組み」にもご登場いただいています。

今回は、その映像の取材でイヴ・ジネスト先生と共に大津さん宅を訪問した折に伺ったお話をご紹介します。

ジネスト先生 今日はお招きいただきありがとうございます。信子さんは笑顔がとても素敵ですね。皆の宝物のような方です。

省一さん 今はもう完全に私のことを信じ切ってくれています。「あなたがいればもう何も要らない」と言ってくれているんです。

ジネスト先生 それは素晴らしい、愛の力ですね。

本田 信子さんと一緒に福岡市のユマニチュードの講座に参加されたのは3年前ぐらいのことです。その時にジネスト先生にお会いになったんでしたね。

省一さん そうです。市政だよりでたまたま見つけたのですが、ユマニチュードには本当に助けられました。妻が認知症を発症したのは10年ほど前ですが、その当時は声の掛け方すら分かりませんでした。なぜ何度も同じことを言っても分からないのか、同じ部屋に2人でいるのだから当然分かっているだろうと思っても反応がないから、私もついイライラして「言うたろうが」と怒ってしまう。そういうことの繰り返しでした。

本田 お辛かったですね。

省一さん 妻は30年前からうつ病を患っていました。しかし、それとは全く症状が違うんです。お金が無くなったと騒いだり、不安感が強く、私が同窓会の幹事のためたくさんの人から電話がかかってくるのを他の女性関係かと疑ったり。料理を作ろうとしても味噌の置き場や包丁のある場所が分からなくなるので出来ない。病院は薬を出すだけで、どう対応したらいいのか看護師さんに聞いても教えてくれない。様々な研修にも出てみましたが、全く解決できませんでした。何もない状態で自問自答を繰り返し、発症してから4〜5年は本当に辛くて、苦しかったです。

本田 ユマニチュードの研修を受けられて何が変わりましたか。

省一さん 認知症の症状に対して、具体的に「こうすればいい」ということを教えてもらえたのが本当に助かりました。そして、何よりまず手を握ることで変わりましたね。ユマニチュードでは下から支えるように「触れる」と教えて貰いましたが、日課の散歩の時にまずは普通に手を繋ぐようにしました。

本田 お散歩は毎日ですか。

省一さん 一年365日、雨が降っても雪が降っても朝4時半から出かけます。うつ病の頃から始めましたが、ユマニチュードに出会うまでは、私が先に歩いて後から妻が付いてくる感じで、妻は手を繋ごとうするのですが、恥ずかしくて私が振り払っていたんです。その手を繋いでみたら、妻はギュッと握り返して来ました。手を繋ぐことは、妻の安心感に繋がったようで一番大きな変化だと思います。妻に笑顔が増えました。

本田 ユマニチュードを実践して難しかったことはありますか。

省一さん 難しいということはなかったです。スッと入って来ました。疑問に思うこともありませんでした。ユマニチュードには哲学があるので、研修のノートを読み返すたびに奥が深いなと思います。相手をどう思いやるか、相手の人生を考えこちらがどう応じるのか。(認知症の)妻には昨日もなければ明日もないんです。あるのは今だけ。今日を精一杯に生き、妻が安心するように一緒にいることが大切です。ユマニチュードでは「目を見てゆっくり話す」のですが、そうすると相手に嘘もつけないし、喧嘩にもなりません。もちろん頭にくることもありますが、「こらっ」ていうくらい(笑い)。今は新婚の時みたいで一番幸せだと思っています。手を繋ぎ始めたときはすごく恥ずかしかったのですが、今は周りの皆から、自分もやりたいが出来ない、どうしたら出来るのかと聞かれます。

本田 どう答えられるのですか。

省一さん 「愛しているからです」と言ってます(笑)。妻と手を繋いで歩いている姿を見て、すれ違う方が「感動しました」と涙ぐんでくれたり、デイサービスの施設でも職員の方に「理想的」と言われますので、私たちも少しは良いことをしているかなと思います。

信子さん 夫がいてくれるからです。私に限らずみんな楽しく出来ればいいですね。

ジネスト先生 ところで省一さんには、昼寝をするなど信子さんから目を離していいとき、1人で休憩が出来る時間はありますか。

省一さん 週に2回、デイサービスに行きますが、昼間はまず1人で置いておくことは出来ません。例えば庭仕事で外に出るときも10分もすると私を探しに来ます。2歳ぐらいの子供の感じです。

ジネスト先生 それでは一つ提案をしましょう。

ワンポイント・アドバイス

 信子さんは先ほどからよく歌を歌われていますので、信子さんに向かい合っているようにカメラを見つめ、省一さんが歌っている映像を撮影してください。省一さんが何か用事があるときは、その映像をパソコンやタブレット端末、もしくはテレビなどで流しておくのです。
 これはフランスで奥様のお世話をしているご主人のケースなのですが(と言いながら省一さんに映像を見せる。註・この映像はDVDユマニチュードで見ることができます 。)奥様はご主人がいなくなると心配で仕方がなくなり、お手洗いにも付いてくるほどで、ひとりにできなくてお困りでした。そこで、お料理をしなきゃいけない、庭仕事をしなきゃいけないという時に、奥様をテレビの前に連れて行き、ご主人の映像をテレビで見られるようにするんです。
 歌を歌うのがお好きなご夫妻で一緒に歌った映像があるんですが、奥様はこれを30分くらいずっと見ていられるので、その間にご主人はやらなければいけない仕事ができるのです。

省一さん これは素晴らしいですね。

ジネスト先生 今、撮影してやってみましょう。例えば信子さんとの楽しかった旅行のお話など奥様が覚えていらっしゃる可能性のあることを1分ほどで構いません、信子さんの目を見て話しかける感じでカメラに向かって話してみてください。

省一さん (タブレット端末のカメラに向かって)お前とはよく山に行ったな。山の歌でも歌うか(と「山のロザリア」を歌う)。

(注釈:撮影後、その映像をタブレット端末で信子さんに見てもらうと、信子さんは集中して画面に見入り「山のロザリア」を歌い始める。その間にそっと省一さんが部屋から出ても信子さんは気づかずに歌を歌っている。数分の後、省一さんが部屋に戻る。)

ジネスト先生 省一さんがいなくなっても大丈夫でした。しっかり顔を上げて、目を見るように撮影するのがコツです。イヤホンで音だけ聞いてもらうというのも良いかもしれません。

省一さん こういう風にして歌ったのは初めてですが、ぜひやってみます。今日は先生方から良い材料をいただきました。

ジネスト先生 (省一さんを笑顔で見つめてる信子さんに)省一さんのことが好きですか? 結婚したい?

信子さん もうとうの昔にしています。

省一さん 今年で結婚50年になります。

本田 金婚式ですね。おめでとうございます。

信子さん (笑いながら)目出度くもあり目出度くもなし、です。

省一さん (大笑いして)私には良い女房です。散歩の時に「お父さんと結婚して良かった。手を繋いで歩けるから」と言ってくれます。2人の時間が持て、今が一番良い時だと思います。

(構成・木村環)

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