『ユマニチュードに出会って』 第4回 中下裕広さん、智子さんご夫妻(後編)

家族介護者の体験談をご紹介します

ユマニチュードはご家族の介護をしていらっしゃる方にも役に立ちます。ご自宅での介護がうまくいかずに困っているときにユマニチュードと出会い、再びご家族との良い時間を過ごせることになった方々が多くいらっしゃいます。本学会の本田美和子代表理事がそうした皆さまを訪ね、ユマニチュードを実践した体験と感想をお伺いしました。

中下裕広さん、智子さんご夫妻

沖縄県石垣市の中下さんご夫妻のインタビュー後編です。アルツハイマー型認知症になった智子さんのお父様(おじい)とユマニチュードで良い関係を築けるようになったご家族は、地域でもユマニチュードを使ったコミュニケーションをなさっています。裕広さんには新たな目標も生まれたとか。その実践の経験談をお話して下さいました。

前編より続く

本田美和子・代表理事 中下さんとご両親には石垣島を訪れるたびにお世話になっています。お父様もお母様もいつ会っても明るく、楽しいお二人ですね。

中下裕広さん(以下、裕広さん)  母は今、学童保育の手伝いをしているのですが、発達障害のお子さんがいて、その子と接するときもユマニチュードを使っているそうです。「ユマニチュードの本の通りにやると、あの子たちも落ち着くよ」と話していました。

本田 そうですか。私たちは自閉症の子供を持つ親御さんたちにユマニチュードを教えるという試みを京都でやっているんですが、ユマニチュードは認知症だけでなく、さまざまな状況で広く使える技術だと思います。

中下智子さん(以下、智子さん) 私は子育てにも使えると思っています。ユマニチュードを知っていてればそんなにガミガミと怒らないで済むなと。職場で子育て中の人にユマニチュードの本を勧めているんです。

本田 それはありがとうございます。

裕広さん ユマニチュードを知って私たちが一番変わったのは、どんなときも「本人の話をきちんと聞く」ということです。何かを出来ない状況の人に対して、「こうしたらいいのでは」と自分たちが良かれと思うことを勝手に決めつけて行動するのではなく、本人には本人の気持ちや意見がある、そこを無視して進めるのは良くないと、ユマニチュードを学んで思うようになりました。

智子さん 「何か困っていることがあるから騒いでいるんだ」と、周囲にもいつも話すようにしています。大変かもしれないけれど、その原因を探してみた方がいいですよ、と。

本田 素晴らしいです。ジネスト先生も同じことをおっしゃっています。「必ず何か原因がある。原因が見つからない時もあるけれど、それは原因がないのではなく、私たちがまだ見つけていないだけなんだ」と。

智子さん 少し前の話になりますが、マンションの他の階に住まれていた高齢の女性が私たちの部屋をいきなり訪ねて来たことがありました。挨拶ぐらいしかしたことがなかったのですが、どうしてもうちの子供たちに会いたいと話されるんです。
以前だったら驚いてすぐに警察を呼んでしまうところなのですが、すぐに「これはユマニチュードだ」と思い、「今日はお約束していましたか?」と穏やかに会話を始めて、息子を呼んであげたら「この子に助けて欲しい。抱きしめてもいいか」と。息子も恥ずかしがりながらもそれに応じて、夫と共にしばらく家でお話を伺いましたら、どうも認知症ではないかと分かってきました。

本田 それからどうなさったのですか。

智子さん 今度は下の娘とお風呂に入りたいから部屋に着替えを取りに行くとおっしゃるので一緒に玄関を出たら、その瞬間に「子供の泣き声がする」と困惑されたようになったので、「一緒にお部屋に行ってもいいですか」と聞いてご自分の部屋までお連れしました。
階段を1段1段ゆっくり降りるよう介助して、自分の部屋にたどり着いたら、我に返ったように「今日は疲れたからもう休みます」とおっしゃるので様子を見て、私たちも家に戻りました。その方のご家族の連絡先も分かりませんし、大丈夫かなと気がかりではあったのですが。

裕広さん 私も気になって、病院の精神保健福祉士の方に対応の仕方を聞いたり、不動産屋さんや市役所に行った時に福祉関係の方にこのことを伝えたら、それが回り回って息子さんに伝わり、結果的に入院されたようです。

本田 素晴らしい対応でしたね。

智子さん 後から聞きましたら、コロナ禍でヘルパーさんや給食サービスといった支援が途切れ、誰とも会わない状況になって症状が悪くなっていたらしいんです。1時間くらいの出来事でしたが、ユマニチュードを知っていなかったら私たちも対応は違っていたと思います。

裕広さん ユマニチュードを学ぶ以前でしたら、2人ともその女性を単に「迷惑をかける人」としか思わず、警察を呼んで解決だったと思います。でも今は「困っている人」と思えるようになり、そこには原因があるはずで、それをなんとか出来ないかと思うようになりました。認知症だけでなく、人と人との関わりでもお互いにこうした意識があればもう少し優しい社会になるのかなと思います。

本田 泣きそうになるくらい嬉しいお話です。

裕広さん いえ、こちらこそユマニチュードに目を開いてもらったような感じでいます。ユマニチュードをきっかけにソーシャルワーカーを目指そうと思い、今、勉強しています。

本田 それは凄い。もうすでにソーシャルワーカーのような活躍をしていらっしゃいますね。お父様とお母様も喜ばれているでしょうね。

裕広さん 父はお酒をやめてふさぎ込んだ後、そのままになってしまうかと思ったのですが、最近、どんどん行動的になって、母と一緒に畑仕事をしたり、家の改造をしたりと、行動を見ている限りでは認知症とは思えません。

智子さん 物をどこに置いたかということは忘れたりするんですが、片付けなどの作業は時間はかかりますがやり遂げられるようになっています。

裕広さん 意外なことに何カ月も前に会った人との約束は覚えていたりするんです。随分と前に会った人が今日の何時頃に来ると父が言うので、本当かなと思っていたら実際に来て驚いたことがあります。「おじいは認知症だから」と僕が色眼鏡で見ていたことにハッとしました。認知症の人が「人として扱われない」という話を聞いたことがありましたが、こういうことだなと反省しました。

智子さん 母は、朝は父と畑をやり、昼間は学童保育の仕事、帰ってからも畑仕事と75歳とは思えないほど元気に忙しくしています。ユマニチュードのおかげで、おじいが穏やかでいてくれる今が一番幸せだと言っています。

本田 おじいもおばあも、智子さんと裕広さんも素敵なご夫妻ですね。ジネスト先生と一緒に石垣島にうかがう機会を作って、またぜひお目にかかりたいです。貴重なお話をありがとうございました。


中下さんご家族と共に。後列左が裕広さん、前列右が智子さん

(構成・木村環)

前のページに戻る